ミュンヘンロータリークラブ訪問記
  (ミュンヘン フリーデンスエンゲルRC)
(平成8年3月21日)
松戸RC  稲葉八朗

さて、いよいよミュンヘンのロータリークラブにメーキャップする日だ。
ミュンヘン市の人口は約 110万でロータリーは8クラブある。

ミュンヘンには松戸の戸張印刷所(小生の店の近所)の四女で在独20年、ドイツ国籍を得て声楽家として活躍している戸張ミチ子さんがいる。
ミュンヘンに到着した日に電話で連絡し、例会に出席したい旨を伝え、彼女に例会場への案内と会場での通訳を御願いし、ミュンヘン8クラブのうち金曜または月曜日のクラブの所在地を教えてもらうことにした。


日本を立つ時にはドイツでメーキャップするかどうかはっきり決めていなかったが、一応ディレクトリー・ディクショナリー(地域案内)のドイツの頁をコピーして持ってきてある。
ミチ子さんの都合は月曜がいいとのことで、月曜例会の ミュンヘン フリーデンスエンゲル ロータリークラブの例会場、○○ HALL の住所を調べてもらったのだがそんな会場はないという。

R I の公式地区名簿に書いてあるのだからそんなはずはないと思うと同時に、在独20年のドイツ人が間違うはずはないとも思ったが念のため電話帳で調べ、ホテルのフロントで聞いてみるととんでもない勘違いをしていることがわかった。

ロータリーの地域名簿の表示は例会場名が書いてあって、そのうしろにクラブ名が書かれていると早合点していたのだが、よく見るとクラブ名だけが2列に書かれていたのだ。
月曜例会の ミュンヘン F・E・RC の前に ○○ HALL と書かれていたので、てっきり会場名と思いこんでいたのだ。しかし、それは別のクラブ名で、しかもそこはオーストリアとの国境の近くの、かつての塩の産地で湯治場の町とのことで、それではミュンヘンの電話帳にあるわけがない。

しかし、こうなるとなんとしても行ってみたくなってきた。
地区のガバナーの事業所、自宅は書いてあったのでミチコさんに勘違いを詫び、あらためてガバナーの自宅へ電話を入れてもらい、例会場、時間を調べてもらってどうやら一安心した。


日曜日、ミチ子さんと食事をしながらメーキャップの打ち合わせをする。
彼女のお父さんは松戸ライオンズクラブのメンバーだったので、ロータリーについても若干の知識はあるようだが、ロータリーの例会を漠然と金持ち紳士の昼食会という印象でとらえているようで、特に伝統あるヨーロッパのロータリー、また例会場が市内の一流のホテルなので、その格に合った服装について神経を使ってくれるが、小生は ロータリー の メーキャップ が完全な正装でなければいけないようでは、ロータリー本来の旅先での気軽な メーキャップ などは出来っこないと思っている。
ロータリーについて若干説明した。








そもそもロータリーは明治38年、当時当時 経済恐慌に襲われていた「腐敗と汚濁の町・ シカゴの異業種の庶民四人」が商売の方策を検討することから出発し、職業倫理観と奉仕の気持ちで商売を行なうことこそ発展の道ということにたどり着き、そこから商売だけでなく一般社会にも奉仕の精神を展開して、現在の発展に至ったこと





ピューリタン国家アメリカ・シカゴ「庶民」 の間で商売の方策の検討から始まったロータリーが、無宗教国家・日本において先ず 「一流財界人」に受入れられたことが、日本人のロータリー観を若干誤らせたのではないかと思うこと



ロータリーは本来専門職業人(職人も含めて)の集まりであること



ライオンズの創立者はかつてはロータリーのメンバーだったが、社会に対する奉仕の方法の違いから別れたもので、基本的には似たようなものであること


と言っても小生もクラブ訪問あるやもしれぬと白Yシャツ、ネクタイ、ブレザーは用意してきた。
だからズボン、靴 (革靴だがカジュアルシューズ) は旅先ということでご容赦いただくつもりでいたが、たしかに靴一足ぐらいで日本人を評価されるのも面白くない。それに在ミュンヘンのドイツ人、ミチ子さんに心配をかけてもいけないので、靴を買う店の目星を付けるべく、食後一緒にウインドゥショッピング。


いささか緊張、興奮もあって寝つきが悪かったが、朝になると少し気がかわってきた。
せっかくヨーロッパでメーキャップするんだ。通訳を御願いしたミチ子さんがいるから、といってもロータリーメンバーは小生である。総て彼女に任せて飯を食ってくるだけでは物足りない。
松戸の紹介も含めた短い挨拶文をつくり、ドイツ語に訳してもらいカタカナで書いてもらいもらうことにした。例会開始時間までの間、靴を買うべく町を散策。


ミュンヘン市の中心街、マリーエンプラッツの周辺にはいわゆるブランド品の店が軒を連ねている。そこそこの店で、セミフォーマルと見えないことはない程度のものを買い、昨日の打ち合わせ通りに例会開始時間1時の15分前に例会場のホテルで落ち合った。


総ての建築物を外観には全く手を加えずに戦後の修復をして、今も中世がそのまま現われたようなドイツのbRの都市、ミュンヘンのなかでもいかにも格式を感じさせるホテルであり、なかには有名ブランド店もテナントとして幾つも入っている。
会場へのエレベーターの同乗者と話す。
「ロータリアンか」 「そうだ」 「日本のメンバーでメーキャップにきたのだが、通訳してくれる彼女と一緒に出席したいのだが・・」 「私もメーキャップでメンバーでないのでわからない」 「どこからきた?」 「オーストリア」・・・ヨーロッパだなあと思う。 


会場はホテルの6階で、入口でビジターフィ (一人約 2500円) をレストランの店員が受け付けている。
「飲物は?」(期待していた) と聞くので小生はビール、ミチ子さんはワインと水を注文する。
日本から来たということで、メンバーが親切に会場の後ろにある登録場所に案内してくれた。今期(下期)のメンバーカードが見あたらず、持ってきたものは上期のものだった。
几帳面国家・ドイツだ。見とがめられてなにか言われやしないか思っていたが、にこやかな事務員はほとんど見ないのでほっとする。 
大都会ミュンヘンのロータリークラブということで、大メンバー、大会場を想像していたが、ニューオータニ松戸とおなじくらいの大きさで、出席者も30人ほどの小ぢんまりしたクラブである。旗もバナーもターゲット板もない!
FELLOW SHIPSAA のたすきをかけているのもいないシンプルさだ。
メーキャップカードの記入後、会長のとなりの席に案内してくれた。
年輩者が多く、バッジを付けていない会員もかなりいる。

レストランでもそうだが、食事の席でパンだけは先に出ている。そして着席順からスープも出すようで、メンバーは点鍾前からパンをつまんだりスープを飲みながら談笑している。
おおよそのメンバーがそろったところで点鐘。開会時間は過ぎていた!
今日は会長が欠席で副会長が点鍾。ロータリーソングはなく、すぐビジターの紹介が始まった。紹介されたビジターは黙って立ち上がり、すぐに座る。
ドイツにくる前に忠告されたことを思い出した。


ドイツではかつてのナチのことは話題にしてはいけないし、特にいくら酔っ払っても、間違っても、たとえ冗談でもナチ式の敬礼(片手を真直に上げる)の真似をしたり、 「ハイルヒトラー」 等と絶対に言ってはいけない。
犯罪として逮捕される
、と脅かされた。


小生がナチやヒトラーに関心をもっており、また酔っ払うと危ないとことを知っている上での大げさな忠告とも思っていたが、たしかにドイツ博物館の旧ルフトバッフェ (空軍) の実物のメッサーシュミット戦闘機や模型、その他旧軍の資料、展示物のすべてから 「ハーケンクロイツ」 (鈎十字) は消されている。


全世界から糾弾されたナチの犯罪行為に関しての 「絶対的反省」 の表明と、昨今の失業率の増加 (10%だそうだ) をかつてのユダヤ人に対する如く外国人労働者、トルコ人に向けるネオナチの発生に、昔が昔だけに、ドイツ中が神経をとがらせているのだ。

それだから、紹介されたビジターもナチ式敬礼を連想させる片手を上げての 「ヤー」 をしないのではないか、さてどうしようか、などと考えているうちに小生の番になったが、ついついいつもの習慣に迷いが混じって、「ヤー」 といいながら右手を中途半端に胸の前に上げてしまった。
それはナチ式敬礼を受ける 「ヒトラー総統の答礼」 の形だ。いやな奴だと思われたんじゃないか、と気をまわしてしまう。
知っていながらも迷うと変なことをしてしまうものだ。
郷に入ったら郷に従うべきであった。


こちらに着いてから決めた突然といっていい訪問だが、時間をいただき挨拶をしたい旨 (今朝仕込んだ例のカタカナドイツ語) ミチ子さんに伝えてもらった。
カタカナで書いてあるのを読むのだから気は楽である。無理をしてドイツ語独特のタンがからんだような発音をして、ほんとにタンが出てしまったら大変だが、メリハリ を効かせて、ドイツ語っぽく、最後を Thank you very much  のドイツ語  「フィーレン ダンケ」 と結んだらみんな喜んで拍手をしてくれた。
日本に来たアメリカ人の 「ワターシ ワァー エッメリカノォー ローチュリークラブノォー・・」 ぐらいには聞こえただろうか? 


近くにいるメンバーに 「わかったか?」 と聞いたら、ニコニコしながらさして嘘でもない様子で 「よーくわかった。GOOD」 と言ってくれた。よし、なんとかなったようだ。

気を良くして今少し時間をいただき、日本のロータリーソングを紹介しておこうと思い 「それでこそロータリー」 の歌詞をミチ子さんに渡し、まずドイツ語に翻訳してメンバーに紹介してもらった。
日本のロータリーソングということでか、ドイツ語での歌詞を聞いているメンバーの興味深そうな様子を見て、これなら大丈夫。歌詞を紹介し終えたミチコさんに 「歌う」 と言ったら、さすが音楽家、喜んでメンバーに伝えてくれた。


なんたってバッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、ワグナー・・・・・、キラ星の如き大音楽家を数多く生んだドイツの都・ミュンヘンのロータリークラブで歌うのだ。場所にも相手にも不足はない。胸を張って、特に最後の「 ・それでこそ  RO RO ROTARY 」のところは、巻き舌立っぽく強調して歌い終えたら、スタンディングオベーションとまではいかないが、さらに喜んで拍手してくれた。
もし小生がサッポロ出身だったら、アンコールに応えてサッポロビールのコマーシャルソング 「ミュンヘン 札幌 ミルウォーキー うまいビールの合言葉・・・」 でも歌って差し上げるところだが、松戸は宝焼酎でミュンヘンとは関係ないので止める。
さあ、一仕事終った。安心してビールと食事にとりかかる。



メンバーの飲物はほとんどがワインで、ビールを注文したのは小生ぐらい。でも小生は食べる時に口がさっぱりするビールのほうが合うし、少しのワインと違って中ジョッキくらいの分量だからちょうどいい。

メインディッシュはこってりしたソースで煮込んだ牛肉とジャガイモを付け併せたドイツの料理でおいしかったが相当な分量で、やっと片付けたらデザートに、これまた相当な量のババロアがやってきた。

動物を頭からしっぽまで 「使いきる」 食生活の知恵を有する西洋の中でも、特にしっかりした国民性だからか、ソーセージを名物としているドイツ。
レストランでも、 「歩きながらの食事」(ドイツでは本当によく見かけた) でも、まるで食い物と取っ組み合いでもしているかのように、ひたすら 「食べる」 ことに専念しているようで、食べ残しは見たことがない。
「骨付の魚の骨をはずしているアベックの姿は、食事というより仕事に近いほど真剣そのものであった」、と旅行記にあった。負けじと仕事完遂。

ビールを飲みながら 「ミュンヘンロータリークラブで歌を歌えたのはこの旅行の最大の思い出だ」 というと 「我々もおなじだ。ロータリーでビジターの歌を聴くのは初めてだ。日本のロータリアンにこんな勇気があるとは思わなかった」 とミチ子さんが通訳してくれる。ご機嫌だ。


小生は理屈っぽく、頑丈なドイツの道具が好きだ。便利な日本のカメラのように、ちゃんと写るかどうかわからないが今回の旅行にはライカを持ってきた。黙って例会時間の一時間半を過ごすことはない。通訳もいる。ヨーロッパとの経済摩擦解消のためにも(ちょっと大げさ)、ドイツファンであることを話題にする。
ケーファ(VW・かぶとむし)は3台乗った。俺はケーファジアンだ」 と言うとちょっとびっくりした様子だ。
「ケーファ!? なんでケーファが好きなんだ」 と聞くので、「ケーファには哲学がある。道具はシンプルで頑丈なのが一番だ」 と答えると不思議そうな顔をして 「日本の車のほうがいいのに」 と言うが、悪い気はしなかったと思う。

肝心なところは頑丈でしっかりは出来ているが、汽車も、通勤電車も、バスも、もちろんタクシーも全部自分でドアを開けるような頑固な精神に溢れているドイツに流入した、安くて、痒いところに手が届くような、おせっかいなほどに便利に作られた日本の道具は、本物志向で頑丈一辺倒のだった先進ドイツ工業の一部に方向転換を強いた観がしないでもない。
世界一だったドイツカメラ業界も日本に打ち負かされてしまい、カメラ店にならんでいるのはほとんど日本製だ。
高級で頑丈なカメラ ライカ も最近ついに安いオートマチックカメラを販売し始めた。年輩のメンバーに持参のオールドライカを耳にあてながら、 「これも 『祖国(ファーターラント)で使ってもらって嬉しい』って喜んでますよ」 といったら、嬉しそうに大きくうなずいた。


道具の話から昨日行ったミュンヘンにある 「ドイツ博物館」 を訪れて見た本物の旧ドイツ空軍のメッサーシュミット、ユンカース、ハインケルについてや、旧空軍のエースパイロットの話、また北の外れ、バルト海に面したかつての軍港キールの郊外の町にある Uボート そして、社会学者マックス・ウェーバーへと話を進める。

音楽だけでなく近代ドイツは哲学・学芸・文芸の大御所をゴロゴロと輩出させている。
カント・ゲーテ・マルクス・シラー・トーマスマン・・・・知っているのは名前ぐらいだが彼等のゆかりの地は旅行案内書にのっている。
しかしマックス・ウェーバー(社会経済学者・1864〜1920)はなかった。マイナーなんだろうか。
ウェーバーはミュンヘンで死んだ。それだからだろうか、ミュンヘンにはマックス・ウェーバー広場があるが名前だけで特別にメモリアルホールはないそうである。
「なんでSUSHIレストランにマックス・ウェーバーが必要なんだ」 と聞いてくるので 「アルバイト(労働・仕事)でなく真のベルーフ(職業・天職)を語ったからだ」

小生はさして読書家ではないが、どういうわけかウェーバーの解説書は読む機会に恵まれた。
「儲けの手段」 としての仕事と 「天職」 としての勤労。日常の禁欲的生活。
理想と現実・・・しかし、「伝統の支配」 からぬけだしたプロテスタントの倫理にこそ近代、そして資本主義の精神が芽生えたというのだ (ドイツよりむしろイギリスにおいてだが)。

難しいがゆえに魅力を感ずるところもあるが、ロータリーの出発もこの辺にあったのではないかと思うと同時に、職業倫理自覚の 「職業奉仕」 こそがロータリーの基礎ではないかと思うようになった。
ドイツはベルーフの国。行った先の有名人を話題にするのもエチケットだ。
「ウェーバーについて話をする日本人は珍しい」 とのこと。


ナチスの旗揚げの場所はミュンヘンのビアホールだった。
またワイマール共和国時代の混乱期にヒトラーが起こしたのもいわゆる 「ミュンヘン一揆」(プッチを一揆と和訳したことも面白いが)、ヒトラー打倒の学生運動(白バラ・シェル兄弟)もミュンヘンで起こった。
この辺も興味のあるところだが、ナチスのことに触れるのは、相手が忘れようとしている、触ってはいけない古傷をひっかくような気がして、残念ながら止めておく。

幹事報告・委員会報告らしきものも無く (偶然だったかもしれないが・) 勝手におしゃべりを楽しんでいる様子だ。財団ボックスと思われるスモールコインボックスがまわって来たが、これは松戸と同じでビジターの小生の前は素通りした。


厳しい気候風土の中で鍛えられ、第三の本能になったかのような 「合理的精神」 と、最近はあまり流行っていないようだが、それでも何百年もの間のキリストの教えをバックボーンとしてきたヨーロッパ。
近代の先進を誇りを持って自認し、この前はちょっと負けたが、おそらくは 「アメリカ如き・・・」 と潜在的に意識しているであろうヨーロッパ・ドイツ (敗戦後も教育制度は変更せず)。

昔から聖書で口が酸っぱくなるほど言われ続けてきた 「職業倫理」 「奉仕」 は何もロータリーに教わらなくたって身に付いている筈だ。
また 「責任の所在」 を明確にするべく習慣づけられた 「大人の常識の通用する社会」 だからこそ、ロータリーも規約・規約で無理に縛らずに、気楽に集まって例会を楽しんでいるんじゃないだろうか、と感ずる。

日本には昔から 「奉仕」 という言葉があった。
だけど古代から舶来品に弱く、また御先祖様・初詣・葬式ぐらいでしか神様仏様と接することのなかった日本。
アメリカ生まれの 「Service」 を 「奉仕」 と和訳し初めて 「奉仕」 を教わったような気になり、「なにか特別なもの」 のように考えてるんじゃないか?
よく考えてみればいわゆる 「奉仕」 はなにもロータリアンでなくても、だれでもが実践していることだ。


しかし西洋合理主義から見れば 「無駄を文化としている」 かのような日本。
ゴミ戦争も、あの狂乱バブルも、そして現在の先進国最大の財政赤字も、結局 「合理主義・職業観・職業倫理の欠如」 が原因のような気がする。そして現在、我々もその構造にがっちりと組み込まれて、そう簡単には抜け出せなくなってしまっている。


日本ロータリーがロータリーから一番学ばなければいけなかったことは、職業倫理観であり、現在我々が考えなければいけないことも 「バラマキ的な対外奉仕」 ではなく、おそまきながら 「西洋合理主義・職業倫理観」 に基づく 【職業奉仕】 ではないだろうか。
でもあまり合理主義・無駄・ 「資源の浪費」 をいうと、「そば屋の割箸」 がまっさきに槍玉に上げられるんじゃないだろうか、という心配もあるが・・・

そんなことを考えているうちに 1時間半の例会時間はあっという間に終わった。
平成8年3月11日、なにはともあれ初めてのヨーロッパ旅行でメーキャップは完了。
ロータリーの会員であることを実感したひとときだった。



奉仕 (広辞苑) Service
@ つつしんでつかえること。奉事 @ 奉仕;勤務・業務
A 献身的に国家・社会につくすこと A 公共の便]
【勤労奉仕】【社会奉仕】 B 礼拝
B 商人が客のために特に安価に売ること   C 食器一揃
 サービス【サービス品】 D 給仕
E サーブ(テニス)

ドイツ見聞録
日本とドイツ
ミュンヘンのホテルで