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ご紹介いただきました石井でございます。
先輩方が多数おられる中で、私、大変緊張いたしております。
そもそも、このタイトルからして、私としては「清水の舞台」から飛びおりるつもりでつけたタイトルでございました。実は稲葉支部長から、「タイトルを考えて下さいよ。パッとするか、ギョッとするタイトルで・・・」と言われまして、さて、どうしようかなと・・・。
最初は「これからの雇用と教育」とか、すごくおとなしいタイトルを考えていたんですが、ちょっと冒険をしてみようかと思い、今日のタイトルにしました。
「 元気な・・・ 」といっても、大正製薬の宣伝・「日本の元気・ゼナ」の宣伝をするつもりは全くありませんが、最近は、何かパッとしないことが多いものですから、少し景気づけになればという思いで、こういうタイトルを選ばせていただいた、という次第なのでございます。
今も申し上げました通り、本当に最近はあまりいい話がございませんが、それでも少しはいいかな、と思った話を、講演者の特権・私の独断と偏見で、幾つか拾い上げてみたいと思います。
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日本の元気 |
まず私が挙げたいのは、リトルリーグが世界一になった、ということです。
これは本当に快挙ではないかなと思います。
テレビからの情報ですが、小さい子供たちが頑張って、元プロ野球選手の指導のもと、存分に力を発揮して凱旋してきた姿は忘れられません。私にとって、これは久々に元気の出るお話でした。
杉山愛選手が全米テニスダブルスで優勝したこと。
これも明るい話題であったのではないかなと思います。
特に、インドの選手とペアを組んで、まさにインターナショナルな関係で勝利をものにしたというのも、ほのぼのとした、良いニュースだと思いました。
三つ目は今シーズン大変活躍をされた松坂投手です。
この鮮烈なデビューと、型破りな心臓と、それからパ・リーグで最多勝利を得たということ。
これも、「最近の若い人、なかなかやるじゃない」という感じで、元気を感じました。
野球のお話になりますと、本日は青山学院大学の会でございますが、今シーズンは快調のようでございますね。大学野球でついに8連勝を飾った、ということを、この間、新聞で見つけました。これも忘れてはいけない話ではないかなと思います。
もう一つ挙げたいのは、先般パガニーニ・ヴァイオリンコンクールで、日本の庄司紗矢香さんという16歳の方が優勝され、また小野明子さんという方も3位に入賞されたということです。
実は、2位も東洋人だったということで、東洋人が外国の楽器で1位から3位を独占をしたという、すばらしいニュースが飛び込んできました。
ずっと前のことですが、私もヴァイオリンという楽器を習ったことがございました。
庄司さんはインタビューで、コンディションはあまりよくなかったとおっしゃていました。
ヴァイオリンは首と肩で押さえて、楽器を体に固定します。弦を指で押さえていろいろな音を出すのですが、弦を相当力強く押さえないと、きれいな音が出ません。庄司さんは指の先が割れて、ビブラートをかけるところでは、大変痛かったそうです。
そうした悪状況のもとで勝利をものにしたというのも、とてもすばらしいなと思いました。
トルコの地震の時に、日本の救助隊が生存者を初めて救出したという話。
これも、私にとって大変明るく感じた話題でした。
ついこの間までトルコの大使をされていて、文部省で文化庁長官までされた遠山敦子さんという方が大使に出る前に、霞が関の女性の仲間でお祝、壮行会をしたことがございました。
そのときに、遠山さんが、日本人はトルコのことをそれほど親しく思っていないかもしれないけど、トルコの方は日本のことを、近しい友人と思っており、親日感情がとてもいいんですよ、とおっしゃっていました。
開国直後の日本の和歌山県の沖でトルコの船が遭難し、その遭難した乗組員を、漁村の人たちが大変手厚くもてなして介抱したそうです。これがずっと言い伝えられていて、トルコの皆さんは日本人はすばらしく、親切な国民だと思っているそうでございます。
もともと、そうした親日感情がいいところで、今度また日本人が真っ先の救助を成功し、トルコと更にいい関係が生まれているようで、これも大変ありがたい、嬉しいお話でした。
うれしい話のいずれもが、世界に目を向けた大きな話、あるいは活躍だと思いますが、ほかにも、阪神・淡路地震、ナホトカ号の遭難、台湾の地震の時に日本の多くの大勢の若者たちがボランティアに出かけた、ということも大変すばらしい話ではないかと思っております。
さて、タイトルらしい話に移りたいと思います。
今日は10月の17日ですね。すでに21世紀まで
500日を切って、多分 440日ぐらいではないかと思います。
今が本当に悲観するほどのひどい状況なのか、ということを確認する意味で、これまた私の独断と偏見で、20世紀を振り返ってみたいと思います。 |
2
20世紀を振り返る |
20世紀、この 100年を振り返ってみますと、多難ではありましたが、概して発展を続けた、それほど悪い世紀ではなかったのではないかな、という気もします。
終戦後、食べるのにこと欠いた時代を克服し、そして「もはや戦後ではない」と云われた時代を経て、その後、「石油ショック」「円高」、そして最近の「金融不安」等がございました。
そして、現在は過去最悪の失業率、 4.9%ということになっておりますが、それでも何とか、みんな食べて、生活が維持できているんです。
昔、長塚節の『土』という本を読みましたが、それは食べていくのか“やっとこさ”といった時代で、それに比べると、まだまだ余裕があるのではないかな、と思います。
それを初めて身をもって感じたのは、初めて出たケニアのナイロビで開催された国際会議の時でございました。
国際会議は大体朝10時から1時、3時から6時の2つに分けて行われます。先進国に属する国の代表団は、当然のこととしてお昼ご飯をいただくのですが、途上国の方はお昼を召し上がらない。2時間という昼休みの時間、ぶらぶらと木陰で休んでいらっしゃるのです。一般の方は朝食も角砂糖2個か3個ぐらいだそうで、昼食はなく、夜のご飯だけとのことです。
私たちはまさに飽食の時代に生きているんだなと、しみじみと感じました。今、日本にもホームレスの方が増えておりますが、そこまでの食生活をしている方は、ごくごくわずかなのではないでしょうか。
日本がこうした今の地位を築くに当たって、当然、日本人の努力というものもあったしょうが、私は幸運にも恵まれたのではないかと思っております。 |
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勤勉と幸運 |
幸運の一つは、日本には若く、質の高い労働者が沢山いた、ということもあります。
しかしそれだけでなく、日本が世界に向けてテイクオフをしようとした時期、資源の値段は低値安定で、とくに石油が非常に安く買えた時代でした。
そうしたことを背景に、日本は発展を遂げることができました。
日本は外貨を稼ぐためには輸出をするしかありません。
しかし、貿易障壁をどんどん下げる、いわゆる自由貿易化が進んでいく時代背景と、発展の時期とがうまく重なっていたからこそ、成功を遂げることができ、多くのサクセスストーリーも生まれたのではないかと思います。
お隣の韓国を見ますと、韓国が何とかして国際社会にむけてテイクオフを果たそうとした時期は、既に石油ショックが起こっていた頃で、値段も高くなっていました。
今は違いますが、その頃のアメリカは、他国のものを引き受ける余裕がなくなってきた頃で、保護貿易主義の動きが高まってきた時代でもあり、日本に比べればかなり悪い条件の中で頑張らなければなりませんでした。
私は、勤勉な国民性というのが日本の誇るべきものだと思っております。
そして、それが、日本の最大にして唯一の資源ではないか、と思っております。この間、新聞のなかで、二つの事項に目がとまりました。
ひとつは、フジモリ大統領が『私の履歴書』で語っていたことです。
フジモリ大統領は、皆さんご存じのように日系人ですが、選挙運動で、日本のイメージと自分自身をみずからをダブらせる作戦に出た、ということが書かれてありました。
日本人には「真面目」と「好印象」ということがある。
日系人である、そしてその日本人のプラスイメージを活用して、「誠実」「勤勉」「技術」の3つをスローガンに掲げて、見事当選した、ということが書かれておりました。
もう一つは、シンガポールのリー・クアンユーさんが、リー・クアンユーさんはなかなかの人物だと思いますが、やはり『私の履歴書』で語っていたことですが、日本人は、自分の仕事に誇りを持っている。何かをする時は、能力の最大限までやる。
これが日本の成功を導いたのは間違いない、というようなことをおっしゃっていました。
リー・クアンユーさんが取り上げたのは、いわば、日本人の「職人魂」といったものでした。
あるホテルで知事が招待した食事の時に、30代の若い料理主任さんが出てきて、見事な手さばきでカキをむいて見せた。その主任は、「自分は主任になるまで、下積みを15年やってきている。だからこんなにきれいにむけるんだ」とを堂々と述べたそうで、クアンユーさんは、これに大変新鮮な驚きを感じた、とおっしゃっていました。
もう一つは、帝国ホテルの靴磨きのコーナーで、今まで見たことがないほど靴をきれいに磨き上げてもらった。その年配の職人さんに対して、大変尊敬の念を持ってお話をした、ということが書かれておりました。
そうした日本の職人さんの、職務に対する忠実さ、底力ということが、さまざまなところにあるということを、私達日本人も忘れてはいけないのではないか、と思いました。 |
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女性のとっての20世紀 |
20世紀を女性の目から見たらどうであったか、と考えてみますと、この面でもそれほど悪くはなかったのではないか、私自身は思っております。
少なくとも、前世紀に比べて、みずからの人生設計で選択肢が増えてきた。そして、より自由に能力発揮がしやすい環境が、徐々にではありますが、整備されてきた時代であったと思います。
最近は若い方のなかで、どちらかというと女性のほうが元気がいいように感じるのは、私だけでしょうか。
実は、私は青山学院の在校生の方とも、年に一度はお会いいたしております。
それは、私の大学時代のゼミの先生が小宮隆太郎先生という方で、この方は東大を退官された後、今は青山学院で教鞭をとられていらっしゃいます。
そうしたことで、ゼミのOB会は数年前から青山学院と合同でやっています。今年(平成11年)も11月12日に予定されています。
最近は青学の在学生徒さんに毎回幹事さんをお願いしていて、青学の若い学生さんが前面に出てアレンジしているのを目の当たりにしますが、大変元気で、上手に、スムーズにやってくださり、頭が下がる思いでいます。
青山学院とはそうした接点がございますが、少なくとも青学の女性は大変元気だということを実感しております。
たかだか四半世紀の間に、なぜ女性がこんなにも元気になったのだろうか、と考えてみますと、ご存じの方も多いと思いますが、1975年に国連が「国際婦人年」というのを定めたことにも原因があるのではないかと思います。その時以降、日本の法制度は飛躍的に変わり、物の考え方も随分変わってきたと感じています。
幸いにして私は労働省に入省できましたが、それ以前はもちろん、私の労働省でのスタート時点でも、女性は受けられませんよ、という職種が国家公務員の中で、13ぐらいあったと思います。それが53年に11に、平成3年には遂にゼロになりました。
最後まで残ったのは、たしか防衛大学校と記憶しています。
それ以前は、例えば税務の事務的な仕事、郵政Bという郵便物の区分け、運搬などを行う深夜勤務を伴う仕事、また航空管制官、気象大学校といった分野は女性は受験すら許されなかった職種で、これが変わってきたというのは、かなり象徴的なことと思います。 |
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女性と職業 |
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「女性は結婚したらそれでいいんだよ」
「子供を持ちなさい」
そうしたことが女性の唯一の生き方のように思われていた時代は長く続きましたが、今はもっといろいろと考えてもいい時代になってきていると思います。
企業の考え方も「均等法」ができてから随分変わってきたような気がします。
特に「雇用機会均等法」 (※平成12年12月19日 NHK「プロジェクトX」で放映) は、それまでの社会の考え方に対してチャレンジしたようなもので、実際にそれによって、社会も変わってきた、という珍しい法律のように思います。
均等法ができるまでは、「男性と女性は違うんだから、別の雇用管理をして何が悪い」というようなことが堂々と言われておりまして、おそらく青山学院を出られた方も、そうした中で、就職の際に大変ご苦労された方も少なくなかったのではないかと思います。
私自身も、就職問題ではいささか苦労をいたしました。今振り返ってみますと、世の中も随分変わってきたものだと実感しております。
私が労働省に入ってしばらくの間は、違う分野の仕事をしておりましたが、バブル崩壊の時期に、たまたま女性局の女性政策課というところで、女子学生の就職問題に携わることになりました。そこで、「就職問題に負けない女子学生の会」という元気な女性陣とも、面談をいたしました。
ただ、その会の人達は、男性にとっても大変厳しい時代に入り、女性にはより厳しい現実のなかで、「みんなが厳しいんだ」という感覚が少し抜け落ちていたようで、バブルの時にあまりにも好調だった先輩と、現在のみずからの境遇を単純に比較してしまうような姿勢があったように感じました。
もうひとつは、「私は就職先がない」、という話をされる方がいたのですが、その方の話をよくよく聞いてみますと、学部は文学部哲学科だとおっしゃるんですね。
そこで、「ひょっとすると、あなたのクラスメイトの男性も厳しいでしょう」と聞きますと、「実はそうなんです」とおっしゃいました。
就職ということをあまり考えずに進路選択をした結果、景気が悪い時代に入り、就職が難しくなったケースも少なくなかったのではないか、とも感じました。
女性の学生さんと話をして感ずるのは、女性は元気である半面、あまり自分の可能性を適切に評価していないのではないか、ということでございます。
以前、早稲田大学で講演をしたときに、講演後、ある女子学生が、手を挙げて、「そうは言っても、女性は体力がないから同じようには働けない」というようなことを言いました。
確かに、オリンピックでも女性は男性と一緒に走れば、負けてしまう。重たい物を持ち上げることでも、当然負けるでしょう。
「でも、それと仕事とは違うでしょう。昔は体力勝負の仕事も多かったけど、今は機械が大部分をサポートしてくれますから、知的な分野で競うということだったら、別にどうってことはないでしょう」と応えたことを覚えております。
そうしたことが、いわゆる「すり込み現象」(※)ではないか、と思いました。
※ 「すり込み現象」 :
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知らず知らずのうちに、周囲の環境、考え方に自らを同化させ、思いこんでしまっていること |
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ドラえもんはけしからん! |
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御存知の方もあるかと思いますが、林望さん、リンボウさんとも言われていらっしゃる東京芸大の助教授をされている方で、『イギリスはおいしい』などで有名な先生ですが、その方のお話を聞くことがございました。
意外だったのは、この方は漫画にも大変造詣が深いことでした。林望先生がおっしゃるには、「『ドラえもん』という漫画が文部省推薦ということになっているけれど、これは大変けしからん漫画だ、と思っている」と言うんですね。
何が問題なのかなと、私もしばし考えました。
『ドラえもん』という漫画には「しずかちゃん」というかわいらしい女の子と、「のび太君」という間抜けで大変お人好しな男の子。また「ジャイアン」という、勉強はだめだが、時として熱血漢になる男の子。そして「スネ夫君」という、マザコンで、ひねくれている嫌な子。それから「出来杉君」という、勉強はできるけれども、あまり魅力がない男の子がいる。
男の子はいろいろなキャラクターがいっぱいいるのに、女の子はただいつもニコニコしているだけの、無個性の「しずかちゃん」という女の子だけ。
物をもらっても「のび太君って優しいのね」とひとこと言って、にっこり笑って終り。
これじゃあね、というのが、林望先生のご指摘だったわけです。
林望先生は、ほかにもマスコミの影響などについても言っております。
私はあまり記憶にないんですが、「遅刻しても服に迷う女でありたい」、というキャッチフレーズ・コピーのコマーシャルが流れた時期があったようなんですね。
「これは男性と女性を絶対にひっくり返せない世界だ」ともおっしゃっていました。
要は「『女というのは会社で大した仕事もしていないから、遅刻してもいいんだよ』ということ。これを、天下の公器であるマスコミを使って、堂々と流し続けている。何で、女性陣は怒らないの・・・」とおっしゃっておりました。
話がすこし“ずれ”ましたが、少なくとも私は今、女子学生の方は大変元気ですから、もっと自分に自信を持って、自分の可能性に目を見開くと同時に、少なくとも職業と結びつけた進路選択を考えていくべきではないかな、と思います。
今後世の中も変わってくるでしょうし、終身雇用も変わってくる。
結婚した伴侶が、途中でリストラに遭って失業するかもしれない。伴侶におんぶにだっこ、べったりだったのでは、おそらく生活も不安定になる。自分もできるものを何か持つ、ということが必要ではないか、と思います。
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21世紀・日本悲観論 |
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インドの I T 事情
次に、21世紀を展望したいと思いますが、そこでも近ごろは、どちらかというと、悲観的な見方がはびこっているように思います。
よく言われますのが「これから日本経済をリードしていく産業がない」という説です。
特に、これからのキーになると言われている情報産業が既に日本はトップレベルから相当おくれてしまっていると言われます。
この情報産業をベースに、付加価値の高い金融、通信、また運輸といった業界がありますが、日本はこれも軒並み、同じようにおくれつつあるという指摘です。
これには、インターネットでの日本の普及率が低いという話。また、コンピューター教育がアメリカに比べておくれている。そして、英語が十分使いこなせるだけの水準になっていない、などということも同時に指摘をされています。
ますます悲観的になってしまう話ですが、例えばインドという国がございます。
この国は、工業化ではまだまだ全然劣っておりますが、ただ、工業化をとばして、いきなりコンピューター化に進もうという動きがあり、また現にそれが可能な状況が整いつつあるという話がございます。
インドの賃金水準は高くはありません。しかし、まず英語ができる。
ほとんど公用語のように英語が使われている国であります。
そこにコンピューター教育を施したところ、アメリカの優良企業といわれる、世界的なソフトウエアの開発会社が軒並み進出をしているそうです。
南西部のバンガロールとか、ボンベイとか、ニューデリーとか、カルカッタほか、主だった都市にそうした基地がどんどん出てきている。そうなると、日本はどうなっちゃうのか、という心配がでてくるわけです。
実は私の松戸市に来る直前の仕事はパートタイム労働とか、セクシャルハラスメント等に加えて、「在宅就業」の問題を担当しておりました。
これは最近、家でパソコンなどを使って、通勤せずに仕事をするといった新しいタイプの働き方で、これは通勤混雑の緩和にもなるし、また会社としては事務スペースも要らないとか、さまざまなメリットが双方にあるのですが、これは今、日本ではおよそ20万近くがこのような形態で働いているといわれています。かなりの人数ですね。
アメリカでは、この形態が大変増えているようですが、その在宅就業の形態は二つに分かれております。
ひとつは大変高い水準の仕事。
例えば設計とか、DTP(※)、また意匠デザインなどです。
※「DTP」
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:(デスク・トップ・パブリッシング)
パソコンなどを用いて行う雑誌等の印刷原稿の組版(レイアウト、文字組、図版、写真の取り込み、色の指定など)の作業)
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もう一つは、こちらの方が層として多いんですが、ただ数字を入れたりする単純入力作業です。
単純入力作業になると、これはコンピューターネットを使えば、例えばインドに発注してしまえばいい、ということになりかねません。
そうした仕事は既に大分報酬価格が落ちてきているそうですが、そうなると、今後はもっと落ちてしまう。
ここには最低賃金、最低工賃などというものはありませんから、そうした在宅就業は今後一体どうなってしまうのかという心配に立ち至ってしまうのです。
ここにも悲観的な見方があります。
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元気の潜在力 |
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元気になりたいわけですから楽観的に見たい、という気持ちもあります。
そのひとつは「日本の潜在的な力の強さを忘れてはいけないよ」、ということです。
最近、富士ゼロックスの小林陽太郎さんが「日本の潜在的な力の強さは三つあって、一つは人口規模と大きな市場。二つ目は技術力、三つ目が教育水準」といったことを盛んに書いております。
二つ目と三つ目は、まさに人的資源にかかわる部分です。
なぜ、そこが強いかということについて、小林さんはある根拠を出して言っておられます。
スイスのビジネススクールにIMDというのがございまして、これが世界競争力報告というのを毎年出しているそうです。この総合競争力で見ると、日本は1989年から93年までは連続して世界1位だったそうですが、最近になると、1999年には、何と16位と大きく後退している。
これは決していい材料ではありません。
しかし、これを各分野別に見て、科学技術分野に限って見ると、日本は5年以上、連続してアメリカに次ぐ2位の地位を保持し続けているそうです。ちなみに、アメリカでの特許出願件数も、日本企業は決して悪くはなく、上位10社のうち8社を占めており、また特許料やノウハウなどの技術貿易収支も黒字だとのことです。
ですから、お料理でいえば「非常に良質なレシピはまだまだ沢山ありますよ」、ということを小林陽太郎さんは言っているのだと思います。
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べンチャー支援 |
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最近の変化についてつけ加えてみようと思います。
確かに今の日本は、事業を開く「開業率」が「廃業率」を下回っています。
要は、新しく企業ができる率が非常に下がってしまい、企業がつぶれる率がそれを上回ってしまう。ですから総数がだんだん減っていく。こういうことも皆さんが懸念していることです。
この「懸念」が現在かなり集約してきて、これこそ「問題」というところまで高まってきているように感じます。
日本は、かつて「アメリカに追いつき、追い越せ」「世界に追いつき、追い越せ」でした。
こうした明確な目標があったときに、目標に向かって、かなり効率的に克服ができたと思います。目標が定まると強みも発揮でき得る国なのです。
今、開業率の話をしましたが、今後の開業率を高めるために、創業を支援するためには何が必要か、が現在盛んに議論をされていますが、そうしたことでも次の国会は、中小企業国会だ、とも言われております。
どのようにベンチャー企業を支援するのか。
どうやって日本の企業、日本を再生させるのか、ということについて、二つのサイドから、既にアプローチが始まっているように思われます。
ひとつは、大企業に、まさに新しい分野に出ていってもらうこと、これが大変重要なのです。
実際に大企業は信用力や安定感もあり、いろいろな分野での活躍というのも期待をできる。
しかしこれまでは、リスクが大きく、新分野には入りにくい状況があったのが、これが「純粋持ち株会社方式」で対応できるようになった。そうしたことのためのひとつの条件が整ったとのではないかと思います。
もうひとつは、小さい企業のほうですが、小さい企業というものは、とにかく資金集めが難しい、ということが最大のネックと言われております。
現在みずからが厳しいですから、海のものとも、山のものともわからないところにお金を貸す金融機関というのは、通常以上に厳しい状態であります。
日本の場合、よく問題とされるのが、そうした金融機関、銀行等から借りられる以外のお金を集める方法が極めて限られている。
直接金融などといわれますが、そうしたリスクが多いところに直接投資をするような環境を整えましょう、ということで、今、「エンジェル税制」という税制の検討もなされております。
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ベンチャー支援・「エンジェル税制」 |
「エンジェル税制」というのは、いわゆるベンチャー企業にお金を投資したいという人たちが、税制面で優遇を受けられる、というような支援措置であります。
現在そうしたことも整えようという話がございまして、そうしたところでも日本が変わりつつある、というところに目を向けてもいいのではないか、と私は思います。
最近若い起業家の話をニュースなどで聞きますが、17歳〜21歳で、既に企業を立ち上げたという方の話もございます。
そうした話を聞きますと、私は国内の人材は十分生かされているのだろうか、と思うとともに、まだまだできることがあるのではないか、という気もします。
二つほど指標を取り出したいと思います。
ひとつはMBA(経営学修士)。
これはアメリカのビジネススクールなどで取得するエリートビジネスマンのパスポートなどと言われております。
このMBAの取得者はどの程度、社会の中で活躍されているか。
最近、MBAを取得して起業したという人の話も聞きますけれども、特に
90年代後半は、ひとつのブームのように、日本の企業から派遣されてMBAを取得された方が、年間四〜五千人いたといわれています。ですから、既にものすごい人材のストックがあるはずなのですが、身近な私の友人の例を挙げてみます。
私は、大学の同期に女性が八名おり、それぞれが就職は難しかったのですが、とりあえず外資系に入って、アメリカに自費で留学をして、そこでMBAを取った同期の女性が三名おります。
一人はシカゴ大学のMBAを取って、メリルリンチに入り、今ドイツ銀行に勤務しているというケース。このかたは松戸に住んでいらっしゃいます。
二人目がハーバードを出て、随分転職をしていますが、現在はSGウォーバーグというところの部長をしております。
もう一人は、エール大学のMBAを取って、やはりメリルリンチに入っているかたですが、日本の企業では使ってもらえなかったので、ということだそうです。
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“もったいない”人材の流出 |
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別にもうひとり、最近話題になっている方なんですが、松本さんという方で、この方はNKKから経営手腕を見込まれて、フィデリティ・グループの通信事業で、日本市場進出のためのKVHテレコムの社長に引き抜かれていった方です。
この方はアメリカに長らくおられ、もちろんMBAも取っているんですが、アメリカのナショナルスチールの執行副社長として、かなり大赤字でどうしようもなかった会社の立て直しに見事成功された、非常にすばらしい能力をお持ちの方だったのですが、日本に帰ってきて、長期戦略の仕事に携わったところ、その中でうまく自分の力を発揮できずに、声がかかったところに引っ張られていってしまったとのことです。ちょっともったいないなという感じがします。
今、日本の企業でも立て直しをしてもらいたい企業が沢山あります。
松戸市もその中に入るのかもしれませんが、そうした方のお力をもっとほかで生かすことができたらよかったのではないか、という思いもございます。
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頭脳流出 |
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もう一つは、ブレイン・ドレインなどという言い方もされますが、海を渡ってしまう日本人起業家がいるということも、ちょっと“もったいない”気がします。
なぜ日本で起業をせずに、アメリカに渡ってしまうのかといいますと、起業する環境がアメリカの方が整っているということです。
ベンチャーキャピタルがお金を貸してくれるから、ということでアメリカに渡ってしまう。
先に行った日本人パートナーがいる。ベンチャーキャピタルから支援を受けて、うまく起業に乗り出すというケースもあります。
いずれ日本に帰ってきていただければいいな、と思いますが、行きっぱなしだったら、やはり“もったいない”と思います。
下を見ればいいというわけではありませんが、この頭脳流出という点で、日本はまだそれほど深刻ではないようで、スイスの有力ビジネススクールのIMDの今年の調査では、教育水準が高い若者が自分の国に残る比率が、先進国で最低なのが実はスウェーデンだそうです。
お隣フィンランドは、最近大変元気がいい。なぜ元気がいいかというと、フィンランドは人材の流出を流入に変えるために、外国人で所得水準が高い方を自国に引きとめるために、税制優遇措置を講じているそうであります。
ヨーロッパの中では、最近デンマーク、オランダなどにも伝播しています。このままいくかどうかわかりませんが。
日本はまだそれほど深刻にはなっていないので、その辺の判断はできません。しかし、そうなったらいけないという意味で、気にしなければならない話ではないでしょうか。
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支え合うシステム |
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二つ目の課題として、日本の場合、人材同士が互いに支え合うシステムというのが、足りないということのようです。
日本では、確かに技術ではすばらしいものを持った人がいる。その方が起業を目指しても、マーケティングとか、財務とかいった企業経営面の経験がないために埋もれてしまうケースが少なくない。
この間お亡くなりになられましたソニーの盛田さんは、かつて井深さんと出会い、盛田さんは経営面、井深さんは発明家・技術家として、そこに、お金持ちの野村さんとおっしゃる方のお金を得て、町工場から世界的な企業に成長できたという、ジャパニーズ・ドリームもありますが、これは「偶然の出会いとしてよかった」、という話なのです。
アメリカの場合、それは「支え合うシステム」としてあるのです。
本日、井出理工学部長さんがいらっしゃいますが、井出先生はUCLAにもおられたということを経歴の中で拝見させていただきました。
UCLAは、このシステムが組織的にできているという話を聞いたことがございます。
たしか、これは朝日新聞に載っていたのですが、UCLAは大学として、かなりのベンチャー支援をやっていらっしゃるそうです。
そもそも起業家を目指す学生のクラブ活動があって、かなりの学生がそこに所属している。
加えて、地元のベンチャーキャピタルとか、起業家とのネットワークをつくる機会が、年に何回もあるという話です。
例えば、ビジネスプラン・コンテストというのがあって、事業計画を学生がつくって発表する。
そこに、地元のベンチャーキャピタルなどが来て、いろいろディスカッションをする。
その中でモノになりそうだと、アドバイスをもらえる。
そうしたものが学生間にできているという話、さらには大学側が「ニューベンチャーファンド」という基金をつくって、学生や卒業生に対して開業資金を提供するという話も聞いたことがございます。
そのようなことがシステムとしてできているのですから、学生はそれを目指してUCLAに入学をするのではないかな、とも思います。
こうしたことも今後の課題なのではないか、思っております。
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就業調整させるシステム |
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日本の社会には能力を発揮をしづらくしている、あるいはそろそろ時代にそぐわなくなっているかなと思う制度が幾つかございます。
私がまず身近な問題として取り上げたいのが、「 103万円の壁 」と言われている税、あるいは社会保険の仕組みです。
パートでお勤めの女性の方は年収が 103万円にならないように、年末に仕事をしない、というケースがあるようです。
男性も高齢になられて、年金生活に入ったり、あるいはそこに近づいたときに、嘱託のような形で働く場合に同じような形がとられます。
実際にデータをとってみますと、パートの三割強の方がそうした「就業調整」をしています。二割の方はそもそも超えない、と答えていますが、もし超えそうになったら就業調整をするわけで、およそパートタイマーの半分の方は、「制度的なもののために本来発揮できるにもかかわらず、みずから息の根をとめている」ということです。
これから少子高齢化になるのに、こんなことをやっていていいのかなと、強く思いました。
もう一つ、今までは原則が終身雇用で、会社に入ると大体はそこで一生勤める、あるいは事業を継がれた方は、ずっとそこで事業を続けられるというパターンが多かったと思うのですが、これからは一旦会社に入って、その後、事業をするとか、また最初は事業をやったのだが、また会社に入る、あるいは途中でパートタイマーになったり、ボランティアをしてみたり、さまざまな経路を通る生き方が出てくるのではないかということです。
ところが、医療保険や年金というものは、企業に勤める方とそうでない方で、制度が縦に分かれてできており、その都度手続を要する。
横にうまく流れていかないということは、これから人々の生き方が変わる時代では、むしろ煩雑なことのような気がします。
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アメリカの女性労働環境 |
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あとひとつ思いますことは、もう少し女性の能力が発揮しやすい社会になっていいのではないかということです。
少子高齢化の中で、育児をしながら仕事を続けていらっしゃる方は、大変立派だと私は思うのですが、「子供がいるのに働いたりして・・・」という見方をする方がまだまだ多く、気が弱い女性はやめてしまう、ということもあるようです。もう少し社会の見方が、温かな目で見てあげたらどうかなとも思います。
最近アメリカなどでは女性の起業が非常に増えています。
昨年の話ですけれども、「フォーチュン紙に載る
500社」というのがあるのですが、アメリカの女性起業家が雇う雇用者数がフォーチュン紙
500社の抱える総従業員数を上回ったというほど、アメリカの女性の起業家は相当の雇用を生み出しているそうです。
そのぐらいアメリカの女性は元気なのです。
これは、共働きが多いのですが、片方が企業に勤め、片方が起業という少しリスキーな仕事をする。
安定とリスキーを組み合わせて両立させているのですが、そのようないろいろな形が出てきてもいいのではないか、と思います。
これから少子高齢化になるわけで、人口の半分を占める女性の独創性、創造性、異質性といったようなものが、うまく社会として生かせるようになってくると、また違うエンジンが加わるわけでして、日本経済も違ってくるのではないかなと思います。
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元気出せ! にっぽん |
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そろそろ時間がきましたので、締めくくりに入りたいと思いますが、最後に申し上げたいのは、世界に「日本は勤勉性、人的資源がすごい」、というところを、ぜひ21世紀にまで持っていきたいと思いますし、あわせて日本人が「
持っていながら気づかない良さ 」といったものも大事にしていきたいな、と思います。
先般、私はフランスのパリにありますOECD代表部に勤務をして、帰国してきた後輩から、ある挨拶状をいただきました。
その中に「日本に帰ってくると、ほっとすることが幾つかある」と記されていました。
ひとつは「お客様は神様」ということを実感させてくれるサービスのきめ細かさ、フランス文学の内藤先生がいらっしゃいますけれども、これはパリにはあまりないのではないか、と思います。
ふたつ目は、日曜日、あるいは夏のバカンスの時期にも、商店とかレストランが開いている。そして、そこで礼儀正しいサービスを受けることができる、ということです。
日曜日でも、夏でも、開いているとのが当たり前になっている日本人から見れば、特に夏場にパリに住んでいるお年寄りは、どうやって生活しているのかなと、心配してしまうほどで、これも日本の称賛に値する話のようであります。
三つ目としまして、季節感が豊かな食材。残さずともダイエットできる和食・・
このような日本の良さに心のなごむ思いのする日々を私は今送っています、といった手紙でございまして、私としては、大変良い話を聞いた思いをいたしました。
この間松戸市に、国連からコルティさんという女性の方に講演会に来ていただきました。
実は、稲葉支部長さんのところで、大変きれいな和食のお弁当をつくっていただいたのですが、コルティさんはペロッとたいらげて、大変喜んで帰られました。
日本食というのは、今、世界的にも大変ヘルシーで、大変繊細だということで評価が高いのですが、特につくり方において、日本食はほかの国にない良さを持っているということをあらためて感じた次第です。
これは、大前さんも言っていたと思いますが、日本人が持っているきめ細かなサービスは、世界の水準でもトップレベルだとのことです。
対個人サービスとしてはトップレベルにあって、こうしたノウハウは十分売りになるよ、という話もございました。
世界中が激しい変化のなかにおりますが、ソニーの盛田さんは、「世界は変化が速いからおもしろい。落ち込む暇なんかない」という、大変元気な言葉を投げていらっしゃいます。
こうした気迫が今こそ、必要なのではないかと思います。
国内に人材がたくさんあることは間違いありませんが、松戸市にもものすごい人材があると思います。
前述のコルティさんをお招きした国際交流協会でもつくづくと感じたことです。
その時、松戸市国際交流協会の方が、ボランティアで、通訳その他もろもろお手伝いをしてくださったのですが、大変味のある、すばらしい通訳をそれぞれがしてくださいました。
その力に、私は本当に驚かされました。
さて、時間が参りました。
拙い話でしたが、いささかでも皆様に「元気」が湧いていただければ、大変うれしく思います。
ご静聴有難うございました。
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| 編集文責・稲葉 |
講演終了後の質疑応答
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