|
今年初頭、ヨーロッパに関してもっとも目を惹いた報道は1月1日を期して欧州単一通通貨「ユーロ」が誕生したことである。
この通貨統合に参加した国は、欧州連(EU)45ヶ国中、独、仏、ベネルックス3国、イタリア、オーストリア、スペイン、ポルトガル、フィンランドの11ヶ国で、英国とデンマークは見合わせ、スェーデンとギリシャは条件を満たせず失格した。
新通貨「ユーロ」は当初銀行間取り引きなどに導入され、実際に紙幣・硬貨として流通するのは2002年からであるが、単一通過「ユーロ」の出現はこれまでの国家主権の概念を根底より変えるもので、国家の枠組みを越えて通貨主権を共有する正に画期的な歴史的実験である。欧州で樹立した国民国家にあって通貨を発行する権限は、国土防衛、外交、裁判権などと同様に犯すことの出来ない主権であり、内政不干渉が原則であるが、今回の通貨統合は各国が主権を移譲して、異次元の共通制度を作り出す試みとして画期的といえる。
単一通貨導入と同時に域内の金融政策はフランクフルトの欧州中央銀行が一括して担い、財政政策は各国が結んだ「安定協定」に基づき、足並みをそろえた「健全経営」を義務づけられることとなる。
現在参加11ヶ国の人口は約2億9千万人、国内総生産は6兆3千億ドルに達し、ほぼアメリカと匹敵する。
※ アメリカ:2億6千5百万人 7兆8千億ドル
日 本:1億2千5百万人 4兆2千億ドル
この巨大な経済地域「ユーロ圏」において市場の信任を受ければ「ユーロ」はドルと並ぶ世界の基軸通貨として国際的役割も高まると予測される。
ところでこのような単一通貨の実現は、一朝にしてなったものでは無論ない。戦後半世紀の長い苦難に満ちた模索と紆余曲折を経てたどり着いた到達点であった。
まず欧州統合の理念の根底には一貫して強固な「政治的意志」は働いており、それは
今世紀、二度にわたる世界大戦を経て戦争の惨禍(人命損失数は第一次大戦
1,140万人、第二次大戦 3,000万人)を決して繰り返さないとする欧州主義者の熱い希求があった。また地盤沈下した欧州経済の再生と復権を図るとともに、特に冷戦終結後ドルが唯一の基軸通貨となり世界経済の分野で米国の一極支配体制が強まったことへの危機感があった。
1945年、第二次世界大戦が終結した後、石炭と鉄鋼が戦争の原因となった反省から、1951年にジャン・モネ等の提唱で欧州石炭鉄鋼共同体が結成され、1958年には欧州の経済統合を目指して欧州連合(EU)の前身である欧州経済共同体(EEC)が発足したが、単一通貨「ユーロ」の創出は、それ以来掲げてきた経済統合の到達点の意味合いがある。今回の「ユーロ」を創出することとなった通貨統合が、1979年の欧州通貨制度の発足を経て、1992年2月に調印された欧州連合条約(マーストリヒト条約)にも続いて推進されてきたことは周知の通りである。
欧州連合は戦後一貫して米ソに対抗できる第3勢力としてのヨーロッパをめざし、一つ一つの難問を克服して、ついには不可能といわれた統一通貨の導入まで到達した。歴代の各国首脳、とりわけ独仏首脳の不屈の政治的意志は洵に驚嘆に値する。
今後の課題は欧州中央銀行が一括して行う金融政策を各国の経済状態に基づく財政政策との整合性の問題、および加盟各国が直面している深刻な失業(10%を超える)に対応する雇用問題であるが、社会民主党政権主要国の大半を占める中で「ユーロ」の前途はなお厳しいものがある。
欧州連合(EU)は更に政治統合を目指し、共通外交政策、安全保障政策を視野においてヨーロッパの一体性を図る努力を粘り強く推し進めてゆくと考えられるが、21世紀に向け生き残りを賭けた壮大な歴史的実験を見守る想いがするのである。
文化立国を目指すフランス
フランスはドイツと強固な枢軸関係を形成し、節目節目でイニシアティブを発揮しつつ、今回の通貨統合を実現した原動力であったが、これからの21世紀に向かう欧州連合の一員として文化立国を国策の重要な柱の一つとして掲げている。そして、国家予算の中で文化政策には毎年多くを割いており、1994年には1%に達した。
※ 1% = 140億フラン = 25億4千万ドル
日本は 0.09 〜 0.11%
1950年、ドゴール大統領のもとで、文人政治家アンドレ・マルローの提唱により文化省が創設され、「万人のための文化」を合い言葉に首都パリをはじめとする都市景観の復元を美術館・博物館の新設や改修を軸として行った。
また事業を担う人材育成のため、国立文化財学院を設立する一方、文化財に関する法整備、税制改正などを着々と推進した。
1981年、ミッテラン大統領が就任すると信任を得た文化大臣ジャック・ラングが「大ルーブル計画」をはじめとする大規模な国家的文化事業を強力な指導力をもって次々に実現した。この30年間にパリの都市景観は見違える程美しくなり、文化環境も著しく豊かとなったことを実感する。
ミッテラン大統領が進めた「パリ再開発大プロジェクト」の事業のうち、主要なものを略述する。
1・
|
ルーブル美術館の大改修
宮殿の一翼を占めていた大蔵省が移転 して全面積5万2千平方米の世界一の
規模となる。年間の見学者は5百万人。 |
2・
|
オルセー美術館
1845〜1914年間に製作された絵画、彫刻などを集約し、旧駅舎を改修して1986
年に開館。
1848年以前の作品はルーブル美術館1914年以降は国立近代美術館(ポンピドウ芸術文化センター内)に分置され、時代区分による棲み分けが完了した。 |
3・
|
新オペラ座
バスティーユ広場に面して建設
1989年、革命二百周年を記念してこけら落とし。
2,700名収容、600名収容の 2ホール。
|
4・
|
国立図書館
パリ市トルビアック地区に新築。1998年開館。
一般 1,600席、専門家 2,100席。 世界の「知」の中心として「文化遺産である紙の本」の図書館であると同時に、検索システムの完備したバーチャ
ル図書館を目指す。書架の全長は 400 メートル。
|
| 5・ |
アラブ世界研究所 |
6・
|
ラ・ヴェレットの科学・産業博物館を はじめとする複合施設
その他デクァンス地区にある 100メ ー トル四方の新凱旋門。
最上部は革命二百周年を記念して国際人権基金に寄贈されたスペース。1989
年には七ヶ国首脳会議を開催。
マレー地区の貴族館を改装したピカソ美術館(
3,500点収蔵 )等。
パリが世界の「知と美」の中心たろうとする遠大な理想は真に瞠目に値する。 |
|
|
現在厳しい状況の中で教育改革に取り組む私達にとっても、21世紀を見据えヨーロッパの統合と文化立国を軸として、国家百年の大計を図ろうとするフランスの姿には、なお学ぶところがあるのではなかろうか。
|