| 憂国忌余話 | |
| スクール | |
| 『諸君!』 2002 11月号 文芸春秋 紳士と淑女より |
|
| スクールとはギリシャ語から来た英語で、元は(学問をするための)余暇をさす語だった。今では学校だが、また流派、学派、門下、思想を同じくする人の集団という意味にも使う。 外務省のチャイナ・スクールは、中国に忠誠を尽くすという思想を共有する人の集団であって、べつに全員が東大法学部を出たわけではない。 三島由紀夫は昭和32年にニューヨークの出版社の招きで渡米した。 当時は外貨持出し許可を取らねば海外にいけなかったし、アメリカ大使館のビザ発給前の審査も厳しかった。三島は米大使館を訪ねて、領事の面接を受けた。 英語である。 職業は小説家だと聞いて、領事は「なんというスクールか」と問うた。 浪漫主義か写実派かと聞いたのだ。 三島はちょっと困って 「トーキョー・インペリアル・ユニバーシティ」 と答えた。本人がそう書いている。 領事はそれ以上聞かなかったらしい。 |
|
歌手・村田英雄がパスポートを申請するとき、男女の性別 欄がSEXとなっているのを見て、「週○回と書けばいいのか・・・(月○回だったか?)」 と聞いたという話を思い出しました。 |
|
| 戻る | |