松戸ロータリークラブ (平成8年【1996】 創立40周年記念式典)
理事役員・委員会 クラブ資料.(会報) 創立 チャーターナイト会場 残像

 設立  昭和31年(1956)11月14日
 承認  昭和31年(1956)12月17日 国際ロータリーに加盟承認
 CN   昭和32年(1957) 4月21日 国際ロータリー加盟承認状伝達式
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松戸ロータリークラブ創立昭和31年

もはや戦後ではない」 と言われ始めた昭和31年、松戸ロータリークラブは創立された。
日本においては、大正9年に東京に移入されたものの、まだ人口も疎らで、伝統的な商業、農業、そして地縁、血縁の交友がはばを効かせていた松戸に上陸してきたロータリークラブなる集団は、当時の松戸の町の旦那方の眼にどのように映ったのだろうか。
ついこの間までの敵・ 「鬼畜アメリカ」製の国際組織ゆえ、さぞかし様々な感慨もあっただろうが、習い始めた米式民主主義とともに、多くのカタカナ文字は、おそらくは設立に携わった若いメンバー (多くは現在の小生よりも若かった) の未知なるものへの旺盛な好奇心を呼び起こし、さらに新時代の到来を予期させ、そしてそれこそが創立期の推進力になったのではないか推測する。
例会時間の厳守
会員資格として一定の回数の出席義務




バッジのもとでは平等で、世界中どこのクラブにも出席できるという、旧体制の常識的階級観では考えられない制度   (旧宮様・旧財閥の当主も 「君」 で呼び、例会で同席できることへの驚きと感激・・・チャーターメンバーだった父が東京RCにメーキャップに行った時の感想)
聞き慣れなかったカタカナ文字への好奇心


平等に、クラブ会員が役割を分担して、それぞれが主体となって責任を持って運営してゆく民主的クラブ組織

こうしたクラブ運営は若いメンバーに、かつて 「一部の旦那衆の一言」 で事を決めてきたであろう松戸におけるアンシャン・レジームを変革させる新鮮さを抱かせた違いない。
しかも昭和31年はソ連においてスターリンの死後(小生中学1年)を引き継いだマレンコフが失脚し、新しい指導者・フルシチョフが 「ソヴィエトの神・スターリン」 を初めて批判し、その座から引きずり下ろした記念すべき年である。

近代は 「伝統的支配からの脱却」 「呪術の克服」 によって成立した。
松戸ロータリー創立の年は 「松戸の近代化」 という意味でも象徴的であったはずである。

残念ながらソヴィエトと同様に、その後の松戸市を含むあらゆる組織は、外観だけは民主主義の衣を付けただけに、もっとタチの悪い旧体制に変質し、無責任な指導者に翻弄されてきたという観がしないでもないが・・・・
『ロータリー歴史年表』(拙著)
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資料提供 伊藤良太郎氏
昭和 32. 1. 1 〜昭和 49.12.11
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松戸ロータリークラブ
国際ロータリー加盟承認状伝達式
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昭和32年4月21日
於 松戸市・市立中部小学校講堂

ご来臨の皆様へ
松戸ロータリークラブ
会長 川井重次郎

皆様ようこそおいで下さいました。
当クラブは、千葉・市川の両ロータリークラブをスポンサークラブとして、昨年11月14日設立、12月17日付をもって、国際ロータリーに加盟の承認を得ました。本日ここに皆様をお迎えして、晴れのチャータープレゼンテーションセレモニーを挙行することの出来ましたことは、会員一同心より喜びとする処でございます。これを機縁に、将来共宜敷く御厚誼御指導を賜りますようお願い申し上げます。
本日は万事不行届きで恐縮に存じておりますが、どうぞごゆるりとお寛ぎ下さいますようお願い申し上げます。


chubu 戸定館にて 歓迎パーティー





クラブ創立年度

1956〜1957年度役員 委員会及び委員名簿

理 事・役 員 委 員 会
  氏  名. .委 員 会  委 員 長 委  員
.会  長 .川井重次郎 .社会奉仕 .中山庄之助 ..根本  武  立澤捨五郎
.副会長 .中山庄之助 .国際奉仕 .川井輝吉 ..小泉正夫 渡辺兼春
.理  事 .加藤竹次郎 .職業奉仕 .高橋愛典 ..森谷孫吉 田中清吉
.川井輝吉 .会務責任理事 .倉田惣平衛 .(クラブ奉仕)
.高橋愛典 . 職業分類 .立澤捨五郎 ..染谷茂三郎 島村  俊
.恩田  明  .親  睦 .加藤竹次郎 ..染谷茂三郎 恩田  明
.倉田惣平衛 .及川好之助
 .雑  誌 .稲葉秀男 ..小林三九男 小泉正夫
.幹  事 .渡辺好一郎  .会員詮衡 .内藤丈夫 ..原田重左衛門 大塚  庸
.副幹事 .伊藤良太郎  .プログラム .渡辺兼春 ..中山庄之助 原田重左衛門
.会  計 .染谷茂三郎  .一般情報 .及川好之助 ..大塚  庸 山本政蔵
.会場監督 .小林三九男  .ロータリー情報 .恩田  明 ..伊藤良太郎 根本  武
(SAA)  .出席奨励 .山本政蔵 ..加藤竹次郎 高橋愛典

riji太字:発起人 :チャーターメンバー


会長
川井重次郎
(川光物産)

副会長
中山庄之助
(葛西屋)

理事
高橋愛典
(加藤製麦)

理事
川井輝吉
(松戸競輪)

理事
高橋愛典
(高橋製粉)

理事
倉田惣平衛
(藁惣)

幹 事
渡辺好一郎
(エビス薬局)

副幹事
伊藤良太郎
(松屋)

会 計
染谷茂三郎
(千葉相互銀行)
写真
会場監督(SAA)
小林三九男
(千葉銀行)



社会奉仕委員長
理事 中山庄之助
(葛西屋)

委員 兼務
根本  武
(根本眼科医院)

委員 兼務
立澤捨五郎
(大膳屋)

国際奉仕委員長
 理事 川井輝吉
(松戸競輪)

委員 兼務
小泉正夫
(小泉歯科医院)

委員 兼務
渡辺兼春
(農業)

職業奉仕委員長
 理事 高橋愛典
(高橋製粉)

委員 兼務
森谷孫吉
(森谷製パン)

委員 兼務
田中清吉
(中田屋)

会務責任理事
(クラブ担当委員長)
理事 倉田惣平衛
職業分類委員会









職業分類委員長
立澤捨五郎
(大膳屋)

委員 兼務
染谷茂三郎
(千葉相互銀行)

委員
島村  俊
(島村俊商店)
親睦委員会









親睦委員長 兼務
加藤竹次郎
(加藤製麦)

委員 兼務
染谷茂三郎
(千葉相互銀行)

委員 兼務
及川好之助
(農業)
雑誌委員会









雑誌委員長
稲葉秀男
(関宿屋)
写真
委員 兼務
小林三九男
(千葉銀行)

委員 兼務
小泉正夫
(小泉歯科医院)
会員詮衡委員会









会員詮衡委員長
内藤丈夫
(内藤法律事務所)

委員 兼務
原田重左衛門
(原田米店)
写真

委員 兼務
大塚  庸
(松戸印刷)
プログラム委員会









プログラム委員長
渡辺兼春
(農業)

委員 兼務
中山庄之助
(葛西屋)

委員 兼務
原田重左衛門
(原田米店)
一般情報委員会









一般情報委員長
及川好之助
(農業)
写真
委員
大塚  庸
(松戸印刷)

委員 兼務
山本政蔵
(輝建設)
ロータリー情報
委員会







写真
ロータリー情報委員長
恩田  明
(恩田病院)

委員 兼務
伊藤良太郎
(松屋)

委員 兼務
根本  武
(根本眼科医院)
出席奨励委員会









出席奨励委員長
山本政蔵
(輝建設)

委員 兼務
加藤竹次郎
(加藤製麦)

委員
 兼務
高橋愛典
高橋製粉)

そのほかの
チャーターメンバー
有馬 昇
(有馬会計事務所)
倉田 保
松本 清
(マツモトキヨシ)


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昭和57年5月7日
ク ラ ブ 資 料

発起人 川井重次郎 川井輝吉 染谷茂三郎 山本政蔵 渡辺好一郎
創  立 1956年11月14日
承  認 1956年12月17日
事務所 松戸商工会議所 (電話2507)
例会場 千葉銀行松戸支店
例会日 水曜日 12時30分
現在会員数 正会員 24名
最年長者71才  最年少者31才  平均年齢51才
理事会

毎月第1例会日(水曜日)を定例理事会と定め例会前に定期的に開催す。必要に応じて随時に開催することと予定して居ります。
委員会 全正会員は別紙の如く何れかの委員会に属して居ります。

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クラブ会報 1966〜67年度 会長 小泉正夫  会報編集 鈴木知秋


 創立の頃の 例 会 風 景 (千葉銀行松戸支店2F会議室)




ファイア・サイド・ミーティング・・・との記載あり


おなじくファイア・サイド・ミーティング


当時の世相
1956


 昭和30年 総理大臣 鳩山一郎2.3
 昭和31年 総理大臣 石橋湛山(12〜2月) 岸 信介
        米大統領 アイゼンハワー(共)
昭和32年 総理大臣 石橋湛山(2月) 岸 信介
 「 もはや戦後ではない
松戸市のHP 写真で見る松戸の歩み(昭和30年代1)ヘリンク
 日ソ共同宣言(日ソ国交回復)
 インドシナ戦争終結
 フルシチョフ  スターリン批判
 コミンフォルム解散  スエズ動乱
 ポーランド・ハンガリー暴動鎮圧
 日ソ国交回復共同宣言調印
 国会  原水爆禁止要望決議
 日本マナスル初登頂成功
 羽田ほか4空港の管制返還
 国連総会・日本加盟可決
 南極観測船「宗谷」出航
 気象庁発足  佐久間ダム完成
 週間新潮創刊  昭和史論争起こる
 石原慎太郎 「太陽の季節」 太陽族
 グレース・ケリー モナコ公国レーニエ公と結婚 女優引退
 アカデミー賞「80日間世界一周」「ジャイアンツ」
 「素晴らしき風船旅行」
 京成電鉄松戸〜京成津田沼間開通 
 松戸電報電話局新局社が完成、電話が自動化される

 沼南村の一部高柳・高柳新田地区を松戸市に編入
 小金分遣所(現・小金消防署)が完成

 松戸ロータリークラブ誕生 

その頃の中部小学校
   昭和31年 松登が母校・中部小学校を訪れる

米山梅吉翁
ロータリー歴史川柳