ロータリー歴史川柳

目 次
ロータリー史

参照・

『日本ロータリー50年史』 (同史編集委員会発行)1969年
改訂 『ロータリー活動の要点』 (銚子RC会員 丸島鉄男著)
1981年




は じ め に
歴史を知ることは現状を理解するために大切なことと思います。

ロータリーについても、その歴史を知ることこそが、ロータリー理解の早道であると信ずると同時に、日本史、世界史、また家族や自分史と照らし合わせて見ると、なかなか興味深いものがあります。
日本ロータリー50年史 (同史編集委員会発行) また、改訂ロータリー活動の要点 (銚子RC会員 丸島鉄男著) にはその始まり、そして初期の発展や危機、また日本に移入された経緯、そしてその間の輝かしい宣言やその基となった真摯な、自由な大論争もちりばめられています。

以前に上記の文献を 『 ロータリー理解のための年表  その時松戸は・日本は・世界は・ロータリーは・そして あなたは?』 としてまとめたことがありましたが、今回はちょっと視点を変えて、その歴史を川柳としてみました。        ( 『 ロータリーの友 』 1996年9月号に掲載されたものに加筆 )

川柳につきましては、特に本格的に習ったものではありませんので、川柳のようなもの、とご理解をたまわりたいと思います。
ご叱責をたまわるものも多々あるかとも思いますが、もともと 「モノを斜に見る川柳」 で、昨今の不快なニュースによって溜められたストレスを発散せざるを得ない不安定な精神状態に免じてご容赦願いします。
 松戸ロータリークラブ創立残像

  元松戸ロータリークラブ会員
  昭和43年(1968)入会
  平成8〜9年度会長
  平成10年退会
平成9年作成・・・・・・・
平成13年web・・・・・・
mokuji
目  次
まえがき ロータリーの誕生  ロータリーとは
当時のアメリカ
ロータリー関連文章 ( 『 ロータリーの友 』 掲載文ほか)

歴史川柳 創成  明治38年 (1905)〜
最初は職業倫理 → 職業奉仕  つぎに社会奉仕
職業倫理から社会奉仕へ(明治〜大正)
倫理に関する11ヵ条 大正4年(1915)
サンフランシスコ大会において採択
バビット
ライオンズクラブの誕生 ライオンズクラブ訪問記 (平成9年3月12日)
大正期  様々な批判
東京ロータリークラブ創立 大正9年
創成期の日本ロータリー
激動の昭和
大連ロータリークラブの ロータリー宣言
第70地区(日本満州一体地区) 昭和11年
大連ロータリークラブの ロータリー宣言 について
『 ロータリーの友 』 友愛の広場  1998年
ナチとロータリー
日本ロータリーの受難期  軍閥時代
ロータリーの根幹 政治家の職業倫理
  ハラキリ問答(浜田国松/寺内陸相) 斉藤隆夫演説
『 ロータリーの友 』 友愛の広場 1997年5月号 VOL.45
ロータリーの民間外交  きっかけは小学生!
太平洋戦争
東京裁判の管轄権問題についての
米国人弁護人・ブレークニーの補足動議  昭和21年5月14日
松戸ロータリークラブ会報  平成8年10月16日号***
「東京裁判」 アメリカ人弁護人に見る職業倫理・公平性
職業奉仕月間にちなんで会長挨拶
国を越えた友情」 東京極東国際軍事裁判挿話  昭和21〜23年
会長挨拶
四つのテスト   四つのテストの正式日本語訳
戦後  R I(国際ロータリー) に再加盟
経済復興
松戸ロータリークラブ誕生
日本の社会
決議23-34 (社会奉仕の妥協案)
ジャパン アズ ナンバー1
経済破綻
平成9〜10年  連日の経済犯罪金融犯罪構造汚職報道
いまひとつ・「御国」の未来の大問題・・・少年犯罪頻発 命の大切さ
普遍の黄金律
地上の天然資源
おしまいに
ミュンヘンロータリークラブ訪問記
神様が うるさく言うのは稼ぎ方
『金儲けがすべてでいいのか』
ノーム・チョムスキー著 山崎淳訳
2002年9月30日 文芸春秋
米山梅吉氏
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ロータリーの誕生   ロータリーってなんだ?

明治38年  シルベスター・シール (シカゴクラブ会長 
1905   ロータリークラブ会長は明治43年から
 総理大臣 桂 太郎    米大統領 T.ルーズベルト
 奉天会戦・日本海海戦(日本海海戦に初の無線電信活用)
 日本樺太上陸
 日露戦争勝利 ポーツマス講和会議(小村寿太郎)
 講和反対の新聞発禁
    日本初のメーデー 日比谷焼討事件(講和反対)
 夏目漱石「我輩は猫である」
 孫文・中国革命同盟会結成
 【ロシア】血の日曜日 相続税法・塩専売法公布
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ロータリー歴史川柳のはじまり
ロータリー関連文章 ( 『 ロータリーの友 』 掲載文ほか)
目次

創成  明治38年 (1905)〜

“洋服を 汚した山師(鉱山技師)石炭屋”
1905年2月23日夜
最初の集まったメンバーは石炭商、洋服屋、鉱山技師、弁護士
「オイ、おまえらが山を掘り返したり、 石炭屑をばらまくから、うちの洋服が汚れっぱなしだ。どうしてくれる!」
そこへ 「まあまあ」 と弁護士ハリス・・
史実とは全く関係なし。集まったメンバーを憶えやすくするため
翌24日、印刷屋不動産屋が加わってロータリーがはじまった・・・

“ロータリー 最初は「商売どうすんべ」”
1905年 不況のシカゴ
「どうしたら商売繁盛するか・・・」からロータリーははじまった

“ブースター 無尽とならず ロータリー”
ロータリーは初めはブースター (相互扶助) を自称
日本だったら無尽 → 相互銀行になっていたかもしれない?

“「偉い人」 いなかったからこそ今があり”
会館を持たず会場は持ち回り
会員は平等・・・「 いわゆるエライ人」 がいなかった
こうした庶民の友情による団結が今日の発展の基礎か

ハリス産み  カポネ育てたロータリー
カポネ産み  ハリス育てたロータリー
ロータリーは、腐敗と汚濁の町・シカ ゴ で生まれたからこそ、今日の発展となった・・・」 (P・ハリス)
・・・となるとアル・カポネは 「ロータリー育ての親」?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「ロータリー生みの親」?
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最初は職業倫理職業奉仕  つぎに社会奉仕

“ロータリー 奉仕はあとから貨車で来た”
はじめ自分達の商売の問題で始まったロータリーは、のちに他益主義・社会奉仕に転じて今日の発展を見るに至った
春日一幸(民社党)の名科白 「訳は後から貨車で来る・・」

神様が うるさく言うのは「稼ぎ方」”
「利益 Profit ・・・それは物質的利益であってもよい。
 但し求利の念を鈍化 して、正しい方法で利潤を出すように努力しなけれ
 ばならない・・・」・・・アーサー・F・シェルドン
この厳格な職業倫理こそ、ロータリーの根幹であり、現代もアメリカをはじめとする西洋の経済復活の原動力か?

“儲けるが いいの悪いの40年”
“しつっこさ 「儲け・利益」で40年”

生業・天職に関する職業倫理とともに Profit(利益) についてもホットな論争
こうした真摯な論争がロータリー発展の原因かも・・・
・・・アメリカの精神伝統が職業倫理に厳格なプロテスタントだからこそか?
最もよく努むるもの・・」 がロータリーの公式モットーとなったのは、 なんと40年後の昭和25年(1950)!!
原理原則への執念に脱帽

明治44年  総理大臣 西園寺公望2  大統領  T.ルーズベルト
 辛亥革命【C】  
 日米通商航海条約調印 (関税自主権回復)
 野口英世・スピロヘータの純粋培養成功

明治45年  総理大臣 桂 太郎3   大統領 T.ルーズベルト
石川啄木死す(27才)
孫文臨時大統領  宣統帝退位  清朝滅ぶ   
袁世凱大統領就任  オリンピック初参加

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職業倫理から社会奉仕へ(明治〜大正)

稼ぎ方よりも 「撒きかた」 気にしだし”
大正元年 ミード会長社会奉仕を奨励
職業倫理 vs 社会奉仕論争はじまる

“俺がやる みんなでやるで大騒ぎ”
“団体に いるのになんで I SERVE?”
I SERVE よりもやさしい? WE SERVE
社会奉仕でも、「個人でするか」か、「クラブでするか」、の方法論争がライオンズク ラブ誕生の原因 (大正6年)
最近は会員の数ではライオンズのほうが多いとのこと

ライオンズクラブ創立者はメルビル・ジ ョンは元ダラスRCメンバー
大正9年 日本にロータリーが移入された時のきっかけもダラスRC・・なにかの因縁か?
    ライオンズクラブ訪問記 平成9年3月12日

“市役所は 公衆便所で名を残し”
明治40年、シカゴ市役所に公衆便所を作 ったことがロータリー社会奉仕の始まり
右手に見えますのがアメリカで一番有名な公衆便所の市役所でございます・・・・・」 (シカゴ観光バスガイド?)
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大正期  様々な批判

“「早いもの勝ち」には ハリスも苦笑い”
最もよく努めるもの最もよく報いられる
He profits best who serve most が、
He gets best who gets it first 早い者勝ち? と訳された。

これにはハリスも苦笑いするだけ?
しかし、これがきっかけで各国に翻訳委員会が設置された(昭和元年)

“昼飯の 会かと思えば奉仕あり”
「ロータリーは何処へ?」 「昼飯に」・・・バーナード・ショウ (大正11年)
後に日本でも 「ロータリーは有閑紳士が昼飯を食う特権階級のクラブ」 との批判
.・
“『バビット』 が 鍛え直したロータリー”
慈善団体化したロータリーに対する非難は当時のアメリカに起こった
ロータリーのために個性を失ない、美辞巧言で自己瞞着に陥っているアメリカの偽善家の姿を描いた小説 『バビット』 が評判になる (シンクレア・ルイス著)

初期のロータリーはこうした外部からの批判によっても鍛えられたにちがいない
シンクレア・ルイス (1885〜1951)
  バビット』でノーベル賞受賞
                (1930年文学賞受賞)



シンクレア・ルイス 『ノーベル賞文学全集5』
且蝠wの友社 昭和年3月5日第1刷刈田元司訳

倫理に関する11ヵ条 大正4年(1915)
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東京ロータリークラブ創立 大正9年

“「牛飼い」が 男爵に教えたロータリー”
大正9年・目賀田男爵を団長とする財政調査団(一流財界人)がダラスで初めてロータリーに出会う。
米山梅吉氏も参加。
ダラスで教わったとすると講義したのはカウボーイ?

“男爵って芋か? と聞いたカウボーイ”
アメリカには華族はいないから、男爵と聞いて男爵芋かと思ったんじゃないか?
平等社会 アメリカ庶民の間で起こったロータリー。
日本では一流財界人がまず取り上げた。
その後も
世界のロータリーの中で異色の存在となる。

東京ロータリークラブ・創立会員 (大正9年) 1920
氏   名 事 業 所 役 職 職業分類
深井 英五  日本銀行  理事  銀行
藤野 正年  日本製麻  重役  製麻
福島喜三次  三井物産  副支配人  羊毛輸入
藤田  譲  明治生命  重役  生命保険
藤原 俊雄  内外興業  重役  自動車販売
堀越善重郎  内外商会  会主  生糸輸出
星    一  内外製薬  社長  製薬
井上敬次郎  東京市電気局  局長  電車
磯村豊太郎  北海道炭鉱  重役  石炭
伊東米治郎  日本郵船  副社長  航海
岩井重太郎  日興證券  社長  信託
樺山 愛輔  日本製鋼  社長  製鋼
梶原 仲吉  正金銀行  副頭取  為替
岸 敬次郎  芝浦製作  重役  電器製作
北島  亘  北島商会  会主  株式仲買
倉地 誠夫  三越  重役  百貨店
牧田  環  三井鉱山  重役  鉱山
長野宇平治  建築技師  建築設計
小野英次郎  興業銀行  前総裁  産業銀行
佐野 善作  商科大学  学長  教育
清水 釘吉  清水組  組主  建築
対馬健之助  東京日々  重役  新聞
和田 豊治  富士紡  社長  紡績
米山 梅吉  三井銀行  重役  商業銀行

参照 
アメリカ・ロータリー創設者 (明治38年)1905

2月23日
ポール・ハリス  弁護士
シルベスター・シール  石炭商
ハイラム・ショーレイ  洋服屋
グースタフ・ローア  鉱山技師

2月24日

ハリー・ルグルス


 印刷屋
ウイリアム・ジェンセン   不動産屋

創成期の日本ロータリー

“大旦那 バッジ付けても大旦那”
バッジのもとでは皆が平等の民主主義の理解も大変だったようだ。
/
木に竹を 継ぐ難しさ ロータリー
ロータリーは宗教ではないとはいうものの、厳格なキリスト教社会で始まったものが、宗教あれど信仰なし、かのような日本で理解される難しさもあったろう

“かっぽれが プロ倫学ぶむずかしさ”
紀伊国屋文左衛門に代表される 「一発勝負の勝者」 が賞賛されがちなお国柄
「人間のために神があるのではなく、神のために人間がある」プロテスタント倫理を理解する難しさ
“ロータリー 二宮尊徳忘れさせ”
「日本にも 『資本主義の精神勤勉・ 正直・刻苦勉励・勤倹貯蓄・好学) の権化のような人物・二宮金次郎がいた。その報徳の教えはロータリーと同じではないか!」・・・ 太平洋ロータリー大会(昭和3年) における土屋大夢(大阪RC)の演説

創成期の日本のロータリアンの意気込みを感ずる。
しかし、戦後は薪を背負って読書する銅像も学校から消えてしまった

“ロータリー 皆に知らせた大震災”
定款細則にたいする関心薄く、出席率も悪く存続も危ぶまれた初期の日本ロータ リーにロータリーを知らしめたのは、関東大震災(大正12年)に世界から贈られた義援金、援助物資。
   東洋にあった米艦隊からは地震後60時間で食料物資届く
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激動の昭和

“ロータリー やってる暇などあるものか!”
昭和2年(1927) から5年間、新クラブ無し
昭和元年   国民党北伐開始
昭和 2年   震災手形取付け  金融恐慌  山東出兵
昭和 3年   張作霖爆殺(満州某重大事件)
昭和 4年   ウォール街株価大暴落
昭和 2年   ロンドン軍縮会議・統帥権干犯問題始まる
昭和
6年   柳条湖 → 満州事変7年  
昭和 2年   リットン調査団  満州国建国  515事件
職務上の賄賂の厳禁、また慈善に走ったり、寄付集めに憂き身をやつすことのないように・・」
(昭和6年)井坂ガバナーによる初めてのガバナー月信


この川柳を「ロータリーの友」投稿した頃、厚生省を舞台とした福祉関係汚職事件報道
昭和 8年   ルーズベルト・ニューディール  
昭和 2年   ヒトラー
首相就任  日・独国際連盟脱退
昭和 9年   中国共産党長征開始
昭和 2年   ワシントン・ロンドン条約破棄
昭和10年   ドイツ再軍備  日本・国体明徴運動
昭和11年   226事件  国策の基準 (広田内閣)
昭和 2年   日独伊防共協定  独・ラインラント進駐
昭和12年   日中戦争  南京陥落  パネー号事件
昭和 2年   大本営設置・政府大本営連絡会議
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ナチとロータリー

“歯車の 効き目を知ったゲッベルス”

アウトバーン等の公共投資(現在も使われている)に
よってインフレなき完全雇用を実現し、ドイツ人を歓
喜させた面も持つヒトラー
はじめは党員の入会を許さなかったナチは、その後 「党員はすすんでロータリーに入会し、ナチの本旨をロータリー内に普及すべし」 に変更(昭和8年)
ゲッベルスはナチの宣伝大臣
昭和8年に日独は国際連盟脱退



第70地区時代 日本満州一体地区 (昭和3年)
大連ロータリークラブの「ロータリー宣言」 昭和11年

大連ロータリクラブのロータリー宣言について
『ロータリーの友』 友愛の広場  1998年

昭和11年
第70地区時代 日本満州一体地区 (昭和3年)

大連ロータリークラブの「ロータリー宣言」

第1.




須らく事業の人たるに先立ちて道義の人たるべし
蓋し事業の経営に全力を傾倒するは因って世を益せんがためなり。
ゆえに吾人は道義を無視していわゆる事業の成功を獲んとするものに与せず。

第2.




正否を曰うに先立ち、退いて、義務を尽くさむことを思い、進んで奉仕を完うせんことを念う。
自らを利するに先立ちて他を益せむことを願う。
最も能く奉仕するもの、最も多く満たされるべきことを吾人は疑わず。

第3.




あるいは特殊の関係を持って機会を壟断し、あるいは世人の潔しとせざるに乗じて巨利を博す、これ吾人の最も忌むところなり。
吾人の精神に反してその信条を紊るは、利のため義を失うよりはなはだしきは無し

第4.




義をもって集まり、信をもって結び、切磋琢磨し、相扶け相益す
これ吾人団結の本旨なり。
しかれども党をもって厚くすることなく、他をもって拒むことなく、私をもって党する者にあらざるなり。

第5.





徒爾なる角逐と闘争とは世に行わるべからず、協力をもって博愛平等の理想を実現せざるべからず。
しかり吾が同志はこの大義を世界に敷かむがために活躍す。

吾がロータリーの崇高なる使命ここに在り。その存在の意義またここに存す。

“蘭の花 枯れるもアカシア種残し”
満州(国花は蘭)は消えたが、「大連RCのロータリー宣言」 は残った。
倉庫のなかにしまったままになっている 「名宣言」 の復活を期待。
アカシアは大連の花・・・「アカシアの大連」といわれた

 大連RC初代会長松岡洋右
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日本ロータリーの受難期  軍務官僚の跳梁時代

● ロータリーは国家思想に反するユダヤの秘密結社フリーメイソンの外郭団体
● マルクス主義批判を聞いて会報に載せたとのことで警察に呼び出され取り調べ
● 京都の右傾団体がロータリー排撃決議
● 国粋団体がクラブ会長に面会を強要
● 右翼壮士が例会場に乱入「君が代」を歌うことで話し合い
● 例会に憲兵・特高警察・・・・・・・

“マルクスを 教える奴等! ロータリー”
“憲兵と 食う昼飯の 味気なさ”
“鬼畜めと 仲良い奴らの憎らしさ”
“例会で 「君が代」を歌い話しつけ”
“「アメリカの手柄・・」で怒る憲兵隊”

こうした風潮の中での井坂ガバナーの、「・・ロータリーは外来思想ではなく、 人間本来の良い種の芽生え・・これをまとめたのはアメリカの手柄である・・・」 は光る(昭和8年)

“「サムシング」 ハリス座布団五枚とり”
ハリスの プロフィット(利益) はドルでもセントでもなく、人生のサムシングだ」 はウマイ! (昭和10年・日本で)
大喜利に出ていたら 「座布団五枚!」

“「よし1本」 「だめ!」  ロータリーは 「奉公会」”
昭和12年にドイツではロータリー解散命令  日本でも解散へ向かう雰囲気の中で、 名称を 「日満奉公会」 「東亜奉公会」 と改称すべしとの意見もあり
敵国スポーツ・野球もストライク ワン は 「よし1本」 ボールは 「ダメ」

“米山の 手配書あやうく出るところ”
米山梅吉氏、軍当局に呼び出される
軍 「ロータリーの組織機構は日本帝国に対する反逆である!」
昭和13年  日満ロータリー連合会はR I を離脱

“地下組織  「曜日クラブ」に脱帽し”
R I は脱会したが、名称を 「○曜クラブ」 と改称して戦争中も継続したクラブは29 クラブ (うち 17クラブは例会も継続)
これには弾圧され地下に潜っていた当時の共産党も脱帽?
体制の迫害にも屈しなかったロータリーの最も輝いた頃!

“奉仕 即 滅私奉公  司令官”
昭和13年
当時の軍幹部のロータリーへの認識

南次郎朝鮮総督  『ロータリーと朝鮮』の講演
ロータリーの奉仕の精神は滅私奉公の日本精神・日本古来の道徳と合致
ワカッテナイ! ロータリーは滅私奉公ではなく  ALL SAFE

南 次郎朝鮮総督  
  昭和6年満州事変時の陸軍大臣
        (東京裁判における被告として証言)

「統帥権に基づく軍事行動は陸軍大臣の及ぶところではなく、また一度戦闘が始まれば、陸軍大臣とて現地軍の作戦行動にあれこれいうことはできない」

権限への逃避 既成事実への屈伏
日本を破滅に導いた日本軍国主義者 (軍務官僚) の弱い精神構造 (米政治学者の感想)
(小林正樹監督 『東京裁判』 より)
政治家の職業倫理 『 ロータリーの友 』 友愛の広場 1997年5月号VOL.45

ロータリーの民間外交
.
太平洋戦争

“日満の 奉仕の果てに真珠湾”
“ロータリー 同士討ちする 悲劇あり”
“職業に 奉仕するたび 新兵器”

日米ともに職業への忠誠がゼロ戦・大和・ レーダー・グラマン・VT信管、そしてついに原爆まで作った
しかし日本が攻撃のみを重視し防御兵器 (レーダー・VT信管・防弾タンク等) を軽視したことも負け戦の原因

昭和16年12月8日 (ハワイ7日) 開戦劈頭、浅海面の真珠湾に魚雷攻撃を成功させた 「雷撃の神様」 村田重治少佐(空母赤城飛行隊長・昭和17年南太平洋海戦で戦死) はパネー号誤爆事件(※10頁)のパイロット

    
レーダー  VT信管付きの対空砲火  グラマン  原子爆弾
.
戦後  R I に再加盟

“勝ち続けた ままで迎えた815”
大本営発表的報道は今も続く

“復活は 共産党より骨がおれ”
共産党の再建は昭和20年
ロータリーの R I 復帰は昭和24年

“新憲法 古橋 橋爪 ロータリー”
戦後日本は新クラブ設立ラッシュ
設立クラブ数の世界新記録続出

“渡来品 唐物  お経  ロータリー”
“マッカーサー  ブロンディ  ポパイ  ロータリー”
日本人の舶来もの崇拝は昔からだったが、あこがれのアメリカとともに、いわゆる 「戦後民主主義」の波に乗って、会員は増加の一途
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Four テスト 4つまとめてセット売り
       四つのテストの日本語訳について
四つのテストは4つで一組 「バラ売り はできません」
発案者のハーバート・テーラーはアルミ台所用品会社をこの標語で再建(昭和7年) 昭和21年 R I 版権登録

“綱領が 難しくする ロータリー”
昭和45年新綱領 (現綱領) の翻訳終了
綱領の翻訳文はちょっと固すぎないか?

農地解放・教育・財閥解体・憲法・税制・労働法・・・
日本のあらゆる改革はマッカーサーによって断行された




東京極東国際軍事裁判 昭和21〜23年
東京裁判 「 国を越えた友情 」

「東京裁判」におけるアメリカ人弁護人に見る職業倫理・公平性
松戸ロータリークラブ会報  平成8年10月16日号
職業奉仕月間にちなんで会長挨拶
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経済復興期

“二代目は もらいものゆえ 気前よく”
戦後は日本ロータリーの二代目世代
初代の苦労した理論と格闘することもなく、 稼ぎ一筋で、奉仕に専念できた

“分類に 軍人グループないお国”
“ロハだった からこそできた ナンバー1”
国防はただ乗り 国防よりもまず経済
豊かになったが、何かが欠けている

“足もとの石 拾い過ぎ 天忘れ”
ロータリーは天の星をかきまぜるのではない。足下の石を拾うのだ」 
R I 会長代理 アンガス・ミッチェル
ロータリー創立50周年(昭和29年)
第60地区 第61地区連合年次大会
京都で開催の際の演説
“ただ乗りの 国防のツケ 高くつき”
戦力なき軍隊・自衛隊に見る憲法の拡大解釈
本音と建前の使い分け」 こそ 現在の混乱のおおもとか?
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松戸ロータリークラブ創立 (昭和31年)

もはや戦後ではない」 と言われ始めた昭和31年、松戸ロータリークラブは創立された。

日本においては、大正9年に東京に移入されたものの、まだ人口も疎らで、伝統的な商業、農業、そして地縁、血縁の交友がはばを効かせていた松戸に上陸してきたロータリークラブなる集団は、当時の町の旦那方の眼にどのように映ったのだろうか。

ついこの間までの敵・ 「鬼畜アメリカ」製の国際組織ゆえ、さぞかし様々な感慨もあっただろうが、習い始めた米式民主主義とともに、多くのカタカナ文字は、おそらくは設立に携わった若いメンバー (多くは現在の小生よりも若かった) の未知なるものへの旺盛な好奇心を呼び起こし、さらに新時代の到来を予期させ、そしてそれこそが創立期の推進力になったのではないか推測する。

会員資格として一定の回数の出席義務





バッジのもとでは平等で、世界中どこのクラブにも出席できるという、旧体制の常識的階級観では考えられない制度   (旧宮様・旧財閥の当主も 「君」 で呼び、例会で同席できることへの驚きと感激・・・チャーターメンバーだった父が東京RCにメーキャップに行った時の感想)
聞き慣れなかったカタカナ文字への好奇心


平等に、クラブ会員が役割を分担して、それぞれが主体となって責任を持って運営してゆく民主的クラブ組織

こうしたクラブ運営は若いメンバーに、かつて 「一部の旦那衆の一言」 で事を決めてきたであろう松戸におけるアンシャン・レジームを変革させる新鮮さを抱かせた違いない。
しかも昭和31年はソ連においてスターリンの死後(小生中学1年)を引き継いだマレンコフが失脚し、新しい指導者・フルシチョフが 「ソヴィエトの神・スターリン」 を初めて批判し、その座から引きずり下ろした記念すべき年である。

近代は 「伝統的支配からの脱却」 「呪術の克服」 によって成立した。 松戸ロータリー創立の年は 「松戸の近代化」 という意味でも象徴的であったはずである。

残念ながらソヴィエトと同様に、その後の松戸市を含むあらゆる組織は、外観だけは民主主義の衣を付けただけに、もっとタチの悪い旧体制に変質し、無責任な指導者に翻弄されてきたという観がしないでもないが・・・・

『ロータリー歴史年表』(拙著)
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日本の社会

“「変革へチャレンジ」嫌うお国柄”
変革へチャレンジ」 (平成9年〜10年 地区テーマ )憲法も含めて社会の改革を嫌うお国柄
ガイアツ (今や国際語・外圧) がなければだめ

“御簾うちの つぶやき国の進路決め”
戦前の日本をミスリードした総理にも御簾うちの方がいた
(総理大臣も密室で決まる)

“霊界の 空気この世を取仕切り”
誰が決めたかわからないなかで、進路が決定される。
責任者なし
戦前も戦後も、なんとなく決まる。
だから 「一億総懺悔」 ということになるのか?

“人の口 利かすがゆえの「利口者」”
“偉い人 黙っているから「えらい人」”
“ご意見が すべて「文句」となるところ”
官僚の原稿を読むだけの国会。
戦前よりも自由な論争は出来なくなったのでは?
最期の健全民主議会は、昭和12年の浜田国松のハラキリ問答と支那事変に関する斉藤隆夫の演説。 (7頁・ロータリーの根幹)

“節操より 天罰よりも 村八分”
無宗教国家・日本人が一番怖いのが村八分。
出る釘は打たれる。沈黙は金・・・・
みんなと同じにやっていれば心配ない。
B・たけしの “赤信号みんなで渡れば怖くない” は傑作

“いいかげん 神代の頃から加減良く”
“たして2で 割るが解からぬ異国人”
かつてはこれで済んだが、国際時代はそうはいかない
.
決議23-34 (社会奉仕の妥協案)

“バラマキが 職業奉仕を押しつぶし”
23−34の決議が偏重されているようだが、 決議は社会奉仕論争のたんなる妥協決議。
「社会奉仕がロータリー」 が日本のロータリー観か?

職業奉仕
“職業に 奉仕は ひたすら稼ぐこと”
職業奉仕は難しい。
といって簡単に、 「職業」 → 「金儲け」 では、P・ハリス、A・F・シェルドンが泣く ?

“職業に奉仕 が休みの理由なり”
「今日は職業に奉仕するから例会は欠席」 がまかり通るのはおかしい?
.
ジャパン アズ ナンバー1

“稼ぎ方 どうでもいいから稼ぐ量”
“使い方 知らず旦那になりきれず”
“使い道 野暮な公共投資だけ”
“結局は バラマクだけの使い方”
“国連も RIも知ってる出させかた”
“出すわりに 感謝されないイナカッペ”
PKOの時も最大の金銭援助をしながらクウェートの感謝決議から外される
出す時も出す量よりも 「出し方」 が問題のようだ

職業奉仕情報の必要性
『ロータリーの友』  友愛の広場 1996年2月号
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バブル崩壊・・・・経済破綻

結局は 最期に物言う「稼ぎ方」
“稼ぎ方 どうでもよかった報いなり”
“ロータリー バブル作った奴も居り”
“煽てられ その気になってのなれの果て”
“シェルドンも  ハリス・井坂も首かしげ”
世界の1割もロータリアンがいる国が、 どうしたんだろう、と思っているに違いない

“泣きっ面に さらにガイアツのしかかり”
“「俺流」が 通用しない時になり”
“ナンバー1と いわれた頃の懐かしさ”
ちょっと前には 「ジャパン アズ ナン バー1」 なんて煽てられたこともあった
しかし、今やどこを押せば日本が自滅するか、外国にすっかり知られてしまった
教科書・貿易・人権・米・マスコミ・外圧・国際貢献・・・・
いままでの国内での常識・「本音と建前の使い分け」 は国際社会では通用しない
平和・自由・憲法、そして人権の異常拡大解釈のツケが、今国中を襲っている

規定審議会提出「制定案」について
『ロータリーの友』 平成10年3月号  友愛の広場
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平成9〜10年  連日の経済犯罪金融犯罪構造汚職報道

        我らが生業を捧げるべき「御国」は転覆寸前

 “神様が うるさく言うのは 「稼ぎ方」”
 “「稼ぎ方」 どうでもいいから  「稼ぐ量」”
ロータリーは創成期から 「稼ぎ方」 を問題としていた。裏面参照

 “あの世では 怒るどころか呆れ果て”
 “こんなはずじゃあなかったと 井坂さん”
「職務上の賄賂の厳禁、また慈善に走ったり、寄付集めに憂き身をやつすことのないように・」
(昭和6年 井坂Pガバナー)
別にロータリアンが何かしたわけではな いが・・・石を投げればロータリー・ラ イオンズにあたる国のようには思えない。
あの世のPG達は呆れ返っているだろう

 “現世を 極楽にする Rとんぼ”
 “腐敗すぎ  「腐乱」でロータリー出番あり”

現在の日本はおそらくはハリスのころの 「腐敗と汚濁のシカゴ」 どころではなく 「腐乱した国家」 のようである。
ならば今こそがロータリーの出番ではないか!!

 “結局は 最期にものいう「稼ぎ方」”
 “「稼ぎ方」すごいが ノーパンまた凄し”
※  当時役人がノーパンシャブシャブなどというところで接待を受けていたという報道が世間を賑わせていた

 “綱領の2番で 職業忘れられ”
連日の 「職業に絡む破廉恥事件」 報道
綱領の職業奉仕の項目が泣く
倫理11ヵ条も大連宣言も職業項目は第1番目になっている

 “新しいタレント 「お詫び評論家」”
毎日毎日お詫びの画面ばかり。
頭を下げ てもずれない眼鏡のCMもある。
そのうちには お詫びの仕方の評論家」 も?


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いまひとつ・「御国」の未来の大問題・・・少年犯罪頻発
         平成10年春 ・・連日の絶望的少年犯罪の報道の中で

命の大切さ
 “「人命の尊さ・・」 毎度で 効き目なし”
 “拳骨の 奉仕忘れた報いなり”
 “大人らは 謝るものと教えられ”
 “ポカリやめ ペコリでガキは恐がらず”
こうもテレビで謝ったり、泣いたりする大人や先生を見続けていては、ガキが大人をナメルのは当たり前

 “ガキどもの 人権重く 死者軽く”
 “「特権」を 「人権」にした報いなり”
 “頭が高い! 「人権印篭」とどめさし”
 “ガキどもが 人権を言う憎らしさ”
子供持っているのは保護されるための特権
人権屋はそれを水戸黄門の印篭のようにしてしまった

 “放送の倫理 電波に乗せきれず”
 “「オヤジ狩り?」 知って血圧上昇し”
 “マスコミが  ガキの造語を流行らせる”
援助交際なんて言うな! 少女売春と言え!

 “「一億総白痴」の明日は ひたひたと”
一億総白痴化」 は日本でテレビ放送がはじまった頃の大宅壮一の予言。
子供に ゃ見せたくない番組は報道の自由。
裁判・ 手錠は人権でだめ。
証人喚問は静止画像。

 “おまえ等の 先祖は全部 「わるい奴!」”
外国のご意見で検定される歴史教科書で 「侵略者!」 「従軍慰安婦」を詰め込まれたんでは子供だっておかしくなる?

 “梅吉っつあん 盂蘭盆でも故郷には来たがらず”
米山さんも井坂さんもこんな日本じゃお盆でも戻ってきたくないんじゃないだろうか

昨年のペルーの日本大使館事件のスカッとした解決の感激に引き換え、毎日毎日こんな報道に接しているとストレスが溜まってどうしようもない。
腹いせのお付き合いをお願いいたします。

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普遍の黄金律
第11.



最後に、「すべて人にせられんと思うことは、人にもその通りにせよ」、という黄金律の普遍性を信じ地上の天然資源に対して、すべての人に均等な機会を与えられてこそ、人間社会は最良の状態になる、ということを主張するものである
倫理に関する11ヵ条の第11(大正4年)

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地上の天然資源
“夢の島  「美徳消費」 の遺しもの”
昔 「消費は美徳」 といった宰相がいた
(福田総理)

“ごみ島を  「夢の島」 とはすごいこと”
考えて見りゃすごい命名。
でもたしかにゴミで国土を広げるんだから 「夢のような話」 であることは間違いない

“無駄やめる  わけにいかない国になり”
“無駄やめる  わけにいかない絡み合い”
“失業を  「無駄」で助ける仕掛けなり”
いまだにケインズ理論はいいとしても、 問題は公共投資の中身
社会資本・インフラは未完で、自然破壊や必要のない公共投資は一杯の御国

“職業に 奉仕するたび 地球痩せ”
“ロータリー 流行り 資源は先細り”
職業が資源の浪費と結びつく近代社会
そのなかでも御国は無駄遣いのチャンピオンか?

“無駄の声  「年度末」より割り箸に”
“無駄の声  「そばや」肩身を狭くする”
でもあまり無駄・無駄というと、とばっちりは役所の年度末事業よりも無駄の象徴・環境破壊の元凶(のように見える?) 「そばやの割り箸」 にくるかも・・
割り箸も風前の灯か?
筆者の職業分類は日本料理・そばや
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おしまいに

“現世(うつしよ)の極楽に舞うトンボたち”
極楽トンボ・ロータリアン?

“例会を(霊界)出て 裟婆の風あてなおし”
“つかの間に 奉仕て果てる 夏のセミ”
ホーシー ツクツク
ホーシー ツクツク ホーシー ツクツク・・・
恥ずかしながら最後は駄洒落で・・・
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『金儲けがすべてでいいのか』
ノーム・チョムスキー著 山崎淳訳
2002年9月30日 文芸春秋
序文  
ロバート・W・マクチェスニー
(イリノイ大学教授)



新自由主義はわれらの時代の輪郭を形づくっている政治経済のパラダイムである ── それは、一握りの私的な利益集団が社会生活を可能な限り支配し、彼らの個人的利益を最大限にすることが許される政策と政治手法を指す。

最初はレーガンとサッチャーに結びつけられた新自由主義は過去20年間に政治経済のグローバルな流行として支配的になり、中道及び左派の大部分と右派の政党がこぞって採用するに至っている。こうした政党とそれが行う政策はきわめて富裕な投資家と1千社足らずの大企業の直接的な利益を代表する。

一部の学者と産業界の人々を別にすれば、新自由主義なる言葉はおおむね知られておらず、大衆は使っていない。特に米国ではそうである。・・・・・・
     N・チョムスキーの著作
            http://www.aoyama-matsudo.com/chom-9-11.html
            http://www.aoyama-matsudo.com/chom.htm



ロータリー歴史川柳

元第2790地区
松戸ロータリークラブ会員
昭和43年(1968)

平成10年(1998)

発行日 平成10年3月吉日
ロータリークラブ会員時発行.
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.......... ..........
当時のアメリカ
不況のドン底 破産に瀕する会員   
シカゴは移民者の寄合い   
アル・カポネ等ギャングの横行  
年間400件の殺人事件

当時のシカゴ
「中部アメリカの熔鉱炉」  
「悪徳と腐敗の町」   
「悪臭と汚濁」・・・ しかし “ I  Will ”・・・「やる」精神に燃え立つ都市!

1905
明治38年一業種一人」でクラブ結成のアイデア実行 → ロータリークラブ結成
会場の回り持ちと1業種1人制  
全員異業種  気取り・見栄なし → ホラ・コボシ話

アメリカの数多くのクラブ
・・・・・ユダヤ人クラブ・大学卒業生のクラブ・弁護士クラブ等
・・・・・いずれも立派な会館を持ち経営 
→ 諸事情により会員間に等差発生

ロータリークラブ
・・・・・職業分類によりあらゆる会員が全く平等の立場
      → 好評・入会者増大
・・・・・庶民クラブ・会館持たず交替会場
      → 引越し →  ロータリーと命名
        クラブ記章は馬車の車輪 (引越しを表現)
1912 大正元年 マークを馬車の車輪からギアに変更)

職業分類方式・・・
各クラブに広汎な視野を与える → 会員平等の原則を貫く

自分の会館なし・・世界的発展の原因・現在も会館を持たない方針は貫徹
ロータリークラブ会員:実業人・専門職業人・・・話題は商売
一業一人・・・親密親睦の間柄を育成

かつてもあった 1業種1人制 クラブ
古くは古代ギリシャ時代    
「ロータ」 (17世紀初のロンドン)    
「ローテ−ション・クラブ」(18世紀後半)    
1業種1人クラブ    「2ペニー・クラブ」(米)    
「ジャンツ・クラブ」(米)       
フランクリンが職業別会員制の友好と 向上を目指してフィラデルフィアに作 ったクラブ(40年継続)

しかしこれらのものとロータリーの違うところは奉仕の理想を追及する熱意のはげしさと強さ

ロータリー運動の発芽期としては20世紀初頭ほど絶好の時期はなく、同時にそれを育成して確固たる方向を示すべき土地としては、この“攻撃的な”“男性的な”しかも“エセ理屈”の多い 『 シカゴ 』 の地ほど適切な都市はなかった

P・ハリス

目  次
まえがき ロータリーの誕生  ロータリーとは
当時のアメリカ
ロータリー関連文章 ( 『 ロータリーの友 』 掲載文ほか)

歴史川柳 創成  明治38年 (1905)〜
最初は職業倫理 → 職業奉仕  つぎに社会奉仕
職業倫理から社会奉仕へ(明治〜大正)
倫理に関する11ヵ条 大正4年(1915)
サンフランシスコ大会において採択
バビット
ライオンズクラブの誕生 ライオンズクラブ訪問記 (平成9年3月12日)
大正期  様々な批判
東京ロータリークラブ創立 大正9年
創成期の日本ロータリー
激動の昭和
大連ロータリークラブの ロータリー宣言
第70地区(日本満州一体地区) 昭和11年
大連ロータリークラブの ロータリー宣言 について
『 ロータリーの友 』 友愛の広場  1998年
ナチとロータリー
日本ロータリーの受難期  軍閥時代
ロータリーの根幹 政治家の職業倫理
  ハラキリ問答(浜田国松/寺内陸相) 斉藤隆夫演説
『 ロータリーの友 』 友愛の広場 1997年5月号 VOL.45
ロータリーの民間外交  きっかけは小学生!
太平洋戦争
東京裁判の管轄権問題についての
米国人弁護人・ブレークニーの補足動議  昭和21年5月14日
松戸ロータリークラブ会報  平成8年10月16日号***
「東京裁判」 アメリカ人弁護人に見る職業倫理・公平性
職業奉仕月間にちなんで会長挨拶
国を越えた友情」 東京極東国際軍事裁判挿話  昭和21〜23年
会長挨拶
四つのテスト   四つのテストの正式日本語訳
戦後  R I(国際ロータリー) に再加盟
経済復興
松戸ロータリークラブ誕生
日本の社会
決議 23-34 (社会奉仕の妥協案)
ジャパン アズ ナンバー1
経済破綻
平成9〜10年  連日の経済犯罪金融犯罪構造汚職報道
いまひとつ・「御国」の未来の大問題・・・少年犯罪頻発 命の大切さ
普遍の黄金律
地上の天然資源
おしまいに
ミュンヘンロータリークラブ訪問記
神様が うるさく言うのは稼ぎ方
『金儲けがすべてでいいのか』
ノーム・チョムスキー著 山崎淳訳
2002年9月30日 文芸春秋
米山梅吉氏